2018年5月の日記&雑感


だらだら書いた日記です。
日記中のURLはメンテしないので,切れてる場合もあります。 あしからず。


5/31(子供に付き合う)
単なる私的な回想をば。
一昨日とかの日記を書いてるときに,自分は子供のころ誰と遊 んでいたんだろう?とか思いだしていた。高校時代に,学校以 外にいろいろと知り合いが広がった…という話を書いたが,逆 にその頃,自分の父親と遊ぶようなことは皆無になっていた。 まぁはっきり書くと,その頃の自分は父親と折り合いが悪かっ たように思う。
まぁ思春期以降の父親と息子が仲が悪いのは良くあることなの で,なぜそうなったかとかは書かないが,じゃぁその前はどう だったんだっけ?。とか考えたわけ。
私はあまり父親に遊んでもらった記憶がない。全くないわけで はないが,良く遊んだとは思ってない。まぁ幼児のころのこと などはっきり小学生の時とかも,どうだったんだろうと。
でも,小学生のころだと思うが,ちょうど父親がゴルフを始め た時期があったけど,父親がゴルフの練習をするのについて行っ たような記憶がある。あと父親が職場の人とソフトボールをす るのとか,あと釣りとかにも連れて行ってもらった。釣りは自 分もやったけど,他のは父親の遊びについていかされただけ, という気がしないでもない。
中学校の時になるとほとんど親とは遊んでなかったけど,唯一 私の遊びに付き合ってもらったのは,一時期私がラジコンの飛 行機をやりたいと思った時があって,お年玉と少し支援をして もらって,ラジコンの飛行機を作った。今とは違い当時のは, 電動ではなくエンジンのラジコンで結構機体も大きく,どこで も飛ばせるようなものではない。模型屋の人がどこかの川の河 川敷で週末とかに飛ばすのでそれに加わって教えてもらった。 自宅からは結構遠く,父親に連れて行ってもらった。
まぁ結局のところ,それも数回やって,連れて行ってもらえな くなったのか,私がいかなくなったのかはっきりしないのだけ ど,いかなくなった。今考えるとちょっともったいないことを したなぁ。とはいえ,ラジコンに関しては,たぶん父親の遊び ではなく私の遊びに父親が付き合ってくれたということだろう。 ただ記憶ではそれくらいしかない。
というわけで,自分は子供のころ父親とあまり遊んだことがな いと思っていて,だけど週末にどこかに連れまわされたような ことはあった。だけど私の遊びに付き合ってもらったこともあっ たなぁと思いだした。この歳になり自分の子供がいると思うが, 自分が全く興味がない遊びに付き合わされた父はその時結構退 屈だったんではないだろうか?。今のところ自分は息子を週末 と外に連れ出していて,子供と遊んでいるけど,その遊びを選 んでいるのは私であり,子供がやりたいということに付き合っ てるわけでもない。まぁまだ親が知らない遊びを外から仕入れ てくることがないというのもあるのだけど。
そういう意味では,そのうち自分が興味ない遊びをやりたいと か付き合わないといけないとか,そういうこともあるのかもし れないなぁと思った。
ちょっとだけ自分の父親がそういう退屈な遊びに付き合ってく れたことに,今,感謝した。

5/30(日本語を読めない)
昨夜9時のNHKニュースを見ていたら,例の日大のアメフトの件 で連盟の記者会見をやっていた。ボーとTVを見ていたのだけど, その処分について説明をしていたのを聞いた。途中で放送はス タジオに戻り女性アナウンサが,会見で述べられた処分につい て説明をしたけど,選手とチームの処分が私が聞いていた内容 と解釈が違い,えっ?と思った。気になってネットのニュース を調べたが,どうもこの辺はっきり書いていない。言葉では解 釈しにくい表現だったのかもしれない。
まぁ,それ自体はどうでもいいことなんだけど,別の話。
同じニュース番組で 麻生財務大臣が森友問題の公文書改竄について コメントをしてるのを報道していた。部分的ではあるが, ビデオを見て,私も「あぁ,これはまた挙げ足とられるような 内容だなぁ」とは思った。ニュースでも呆れていた。
とはいえ,今日のこのニュースをたんに発した麻生大臣への批 判を見ると,批判する方もどうかな…という気がした。まず上 のリンクの記事の中でも麻生さんは,書きかえられた文書を 「黒を白にしたとかいう悪質なものではないのではないか」と 言っている。ところが,ほとんどの批判は,「文書改竄は悪質 だろ」というものだ。しかし麻生さんもその後に「いずれにし ても行政文書の書き換えは極めてゆゆしき話」と言っている。 「悪質」より表現は弱いが「文書改竄を悪くない」とは言って いない。そもそも元の発言は「文書改竄は悪質ではない」と言っ てるのだろうか?。
別のニュースの見出しでは,「 「悪質なものではない」麻生大臣“森友”文書 改ざん」と書かれているが,ここで引用されているもう少 し長い発言を読んでも麻生大臣の発言は曖昧なところがあり 「(そもそも)改ざんにあたらない」と言ったのか「白を黒にし たような改ざんにあたらない」と言ったのかが若干わかりにく い。ただ,素直に読むと後者のように読める。
麻生発言を批判してる人は,麻生大臣の発言の部分から「黒を 白にしたとかいう」というのを意図的に削除してるように思う。 多くの批判の中でこの言葉を引用せずに後半の「悪質なもので はない」だけを切り取っているが,この発言は「悪質ではない」 と言ってるのではなく,「悪質さの種類として」「黒を白とし てるようなものではない」と言ってるのではないだろうか?。
ちなみにこの改竄について検察の方は, 立件見送りとしたそうだ。理由は「決裁文 書から売却の経緯などが削除されたが、文書の趣旨は変わって おらず…」だそうだ。この検察の見解を知り,麻生大臣は「黒 を白としてるものではない」といったのではないか?という気 がする。
世の中には,物事を曖昧に言ったりする人は結構いる。会社 とかでも上司がいうことは大抵ふわりとしていて,何を言って るか良くわからないことはある。しかしそれを,変なことを言っ てると,挙げ足をとったり,意味がわからないとほっておくの が良いことなんだろうか?。仕事でなくて,通常のコミュニケー ションでも相手言ってることが分からない場合は,この人は何 を言いたいのだろう?と考えて,推測したり,さらに聞きなおし たりするものではないか?。悪く取ろうとすることができるからっ て,そういう言葉尻だけをとるのがいいコミュニケーションな んだろうか?という気がする。
私はだいたいにおいて,相手が良くわからないこと言うと,何 が言いたいのだろう?と考えることにしている。それをできる ことが高いコミュニケーションだと思っている。もちろん伝え る方は正しく伝わるようにしゃべるのがいいのだけど。
そう考えると,麻生大臣の発言を責めてる人は極めていじわる か,読解力が低い人たちではないのか?。もちろん,政治家は 言葉が大事だというのは良くいわれるし,そうなんだろうと思 う。ただ,わざと誤読をしてるような解釈を披露するのは,みっ ともないようにも思う。
まぁでも同じ発言を聞いても,違ったように解釈することもあ るんだよな…と最初のアメフトの会見を見ても思ったのです。 結局あの発言の解釈は私とNHKのアナの解釈,さらにはそのア ナの解釈を私が聞きとって解釈したこと…とどれが,どう正し くどれが間違っていたのだろう?…。等と思った。

5/29(ミイラから見えるもの)
昨日の日記の続きといえば続きなんだけど…。
自分の子供のころの世界はどれくらいの広さだったろう?とか 思いだしていた。自分の場合は…ではあるけど,小中学校の時 代は,朝起きて学校に行き,学校が終わると家に帰って遊ぶか, 学校の友達の家で遊ぶか,近所の公園で学校の同級生らと草野 球をするか…そんな生活だった気がする。小学校の4年か5年か 忘れたけど,それくらいから2,3年小学校の放課後のクラブ活 動で軟式野球をやっていた。それがクラスメイトや学校の先生 とは違う指導者もいたけど,まぁそれくらい。
中学時代は,小学校で野球をやった反動か,部活はやらず,やっ ぱり学校と放課後の友人との遊びくらい。もっとも中学校は私 は二回転校してるけど,2つ目の中学で部活を始めた。ただ自 分が作った部活だったので先輩はいなかった。3つ目の中学は 受験に入っていたので部活はしなかった。塾とかもほとんど行っ たことがなかった。
それに比べると,高校は急に付き合う人たちが増えた。部活に 入り,先輩や顧問の先輩とのつながりができた。部活は美術部 だったけど,部に応援団とかけ持ちをしてる先輩がいて,応援 団に手伝いに行ったり,ベースを弾いている先輩がいて,楽器 屋に連れて行ってくれたりした。応援団はそのうち毎日のよう に行くようになり,そうするとOBとかにも会うようになったり, 同窓会に呼ばれたりとかするようになった。楽器の方は,楽器 屋にやっぱり毎日のように行くようになり,そこにはいろんな 学校の学生が出入りしていたり,今考えるとちょっと不思議な 空間で,プロみたいな大人もいたけど,学生が多かったか…。
中学までは学校と家というよりも同じ学校の同じ学年の人とば かりの付き合いというか世界だった気がする。高校はもちろん 高校が中心ではあったけど,先輩,楽器屋やOBとの付き合いと いうようにものすごく世界が広がった。そういえば,バイトで 店舗での売り子とかをやったのもこの時期。
大学時代もそれなりに外とのつながりはあったけど,別の方面 だし,格段に広がったわけでもないので,実は案外高校の時代 の方がどっぷり,外と交わっていたかもしれない。まぁ違う見 方もできるんだけど。
私は若い人はいろんな世界に首を突っ込み世界を広げるべきだ と思ってる自分がそれで良かったと思ってるから。学校のクラ スの居心地が悪くても部活が楽しかったり,放課後のお店に入 り浸るのが楽しかったりすると居場所はできるし,大人の人と 触れることで,いろんな考え方や生き方があることが少し垣間 見える。
そういう意味じゃ中学までの自分は何が理解していたのだろう と思う。世界が広がることで,世の中にはいろんな考え方やや り方があることが分かる。そういう経験は私にとってはいいこ とが多かったから,自分は新しい世界ではしばらく身を任せて 様子をうかがう方がいいと思う。
で,少し昨日の話を書くと,高校の入ったばかりの新入生や学 外の部外者が,学校で何十年も続いている風習を批判するのは 早急ではないか?視野を狭くしてないか?という気もする。もち ろんそういう風習に,良くないものもあるかもしれない。でも, 多くの先輩やOBが良く知っていても残っているものというのは, それなりの意味を感じてる人がいるのだと思う。
ミイラ取りがミイラと言われるかもしれないが,批判するにも 良く知る必要がある。知る結果支持するようになることもある それはミイラになったというより視野が広がったということか もしれない。

5/28(イニシエーション)
ネットの日記を読んでいたら「 入学した高校の風習が異常すぎる」 というのを見つけた。地方の進学校で伝統もある高校らしいの だけど,入学してすぐに上級生から高圧的な態度で「校歌を覚 えるように」強要されたとうい話だった。
自分の卒業校かと思った(苦笑)。いやぁ,困ったなぁこういう 風に真顔で苦情言われると…とか思っていたら,こういうこと をやる高校は案外あるようで,いろんな人がコメントをしてい た。結構ネガティブな意見が多い。ただネガティブな人はそう いう体験をしてない人…という感じでもあった。
読んでいくと,どうも自分の母校とは違う気してきた。ただ母 校が現在こういうことをやっているか,やっているとしてどう いう風にやってるかは知らない。私の時も似たようなことはあっ たが,結構違う点も多い。
5月という時点で考えるとこれを書いた生徒は今年入った生徒 で,こういう経験をしてまだひと月余りということなんだろう。 一年後にもこの生徒は同じように思ってるだろうか?…という 気はした。学校のことを知るうちに,この風習の意味みたいの が見えてくるんじゃないかと思うが,まぁやられた時は嫌だよ ね…というのもわからないでもない。
こういう風習に批判的な意見も多い中, 肯定的で冷静な意見もあった。いろんな意 味はあるんだけど,続いているのは先輩やOB,そして父兄や地 域社会からも,それなりに意味が認知されてるからとのこと。
まぁそうかな,と私も思う。ただ世の中が理不尽だから,高校 で耐性をつけさせる,というのは,あまりそういう風に思った ことはない。私の高校の時の体験は何時間も校歌を歌わせられ たというのはなく,単に校歌を覚えてこいという話と部活に入 れという話と一年の時は学帽をかぶれということを言われたく らいだった。校歌は2回程度歌わせられたぐらいじゃないか?。
生徒の机を倒したりとかはしてない。ただ昼休みに1年生の教 室に入り,説教をすることはあった。ただいきなり大声を上げ ることはない。むしろ普通の声で話しかける,そうすると,こ ういう異常な状況にもかかわらず,大抵おしゃべりを続ける一 年生がいるので,静かにしろと大声で怒鳴りつける(苦笑)。
これね,やられた一年というか他の一年はとばっちりで理不尽 に思うも知れないけど,中学生くらいまでの学生って,周りの 空気が読めず,先輩や先生が語りかけていても,聞いてなかっ たり,私語をしてる人いるんですよ。いや経験からすると大学 生でもいます。だから,この最初に書いた高校生は自分たちに 非がないという風に言いたいみたいだけど,どうかなという気 はする。まぁ他の高校のことだからわからないけど。
だから単に社会の理不尽なことを体験させるというだけじゃな くて,社会ってそんなに甘くないよ,隙があれば周りに怒られ たりするよ…という経験だったりするわけです。こういうの怒 鳴らずに諭してやれという意見もあるけど,強くいわないとわ からない…人もすごく多いと思う。
というわけで,私自身は,理不尽というより,もっと周りを見 て緊張感を持ってほしいという意味では最低限の教育的な意味 もあると思ってる。
この学生,「コンプライアンスの意識がまったくないのではな いか」とか書いているけど高校一年でこういう風に書くという のは,ちょっと頭でっかちなんじゃないか,という気がする。 中学生までに得た知識で,高校やその先の世界を批判しても見 当違いなことも多いし,頑なになって視野を狭くしたらもった いないのではないだろうか?。
進学校ってことは,望んで入った学校なんだろうし,中学まで の自分の常識だけじゃなくて,そこの場を観察して,新しい世 界に学んだ方がいいんじゃないだろうか。
ちなみに私の母校の場合は上記の体験のせいか,部活に入る学 生が多い。その強要に反感を持つ人もいるとは思うが,別に入っ た部活を辞めるのは自由。自分も言われてあわてて入った口で, 部活をやろうと思っていたとは思うが,いつまでもダラダラし ていた可能性も高い。そういう意味では,結果的に有意義な高 校生活を送るきっかけになったと思って,必要性は感じている。

5/27(祭り)
住んでいる町内の祭り。例年子供が山車や神輿を担ぎに行って いる。子供二人はっぴを来て集合場所に。そこから子供用の軽 い神輿とかについて町内を回った。

5/26(土曜日)
土曜日。
今日は午後から用事があるので,午前中に自転車掃除。2,3カ 月ぶりな気がする。古いのは仕方ないのだけど,新しい自転車 をさびさせないようにしないと。
自転車の掃除をしてる間長男が磁石にくっつくもの探し。その まま公園に行きたがったので一緒に行って砂鉄をちょっとだけ 集める。
ひるすぎたので帰ってきて軽く昼食。その後一人で散髪に行っ た。思ったより早く済んだので横浜によったのだけど,救急車 と消防車が大量に来ていて,何事?と思った。後で調べたら地 下鉄のエレベータが止まって人が閉じ込められていたらしし。
夕方から高校の同窓会。総会の後の懇親会,その後同級生と二 次会。総会では利き酒をやっていて,いろんな酒を飲んだせい か,帰りの電車で結構酔いが回ったが,何とか乗り過ごすこと はなく帰った。

5/25(迷惑メイル)
ちょっとメモ。
私がメインで使っているメイルサービスは迷惑メイルを自動で 分配する機能をつけている。自動で振り分けられた迷惑メイル は,普段使ってるメーラからは見てないので,どういうメイル が迷惑メイルになってるかあまり把握してない。
この数週間,以前は来ていたメイルが来てないことに気づいて, いろいろチェックしたら迷惑メイルに振り分けられていた。
そういえば,ここしばらく新しいタイプの迷惑メイルが来るよ うになっていて,面倒だなぁと思ってた。チェックすると迷惑 メイルに結構そういうメイルもたまっていたのだけど,以前とっ ていたメイルマガジンみたいのもたまっていた。
もしかしたら迷惑メイルが来るようになったので,迷惑メイル の基準が変わったのかもしれない。
まぁ読み損ねて困る様なメイルは無かったけど,ただ迷惑メイ ルは割とすぐに消されるので,その前に来ていたメイルは読み こそねてるかもしれない。
ということで,メイルが無視されてると思った人がいたらごめ んなさい。迷惑メイルもこれからたまにチェックしないといけ ないなぁ。

5/24(ポストスマホ)
世界のスマホの出荷台数が前年年割れした, つまりすでに十分に行きわたった…という話が書いてあった。 そうか…と思うとともにスマホの次のものは出てくるんだろう か?と思った。
パーソナルコンピュータの理想の形として ダイナブックというものが1970年代にアラ ン・ケイにより提唱されたが,よくよく考えると,スマートフォ ン,もしくはタブレットはダイナブックを実現できてるんでは ないか?という気もする。そう思うと,すでに理想状態は完成 していて,これ以上の発展は不要なんだろうか?。
自分はコンピュータの普及の初期からずっと見てることになる のだけど,いろんなコンピュータ(端末)が産まれては消えていっ たように思う。一部のマニア向けの8bitマイコンみたいのを除 くと最初に普及したパソコンはMS-DOSのマシンで,並行して出 て来たのはマッキントッシュ,そしてWindows…とそれぞれが 発展してる。その中でデスクトップからラップトップノートパ ソコンと小型軽量化されてきている。
そういうパソコンの動きと並行して,電子手帳みたいのもあり, ザウルスやPalmみたいな携帯端末のもあった。パソコンは90年 代半ばからインターネットにつながり,最初はメイル,途中か らWebになっていく。合わせて携帯端末もネットにつながって いった。
携帯機器は最初は文字ベースのメイルをやり取りするのが主流 で,携帯使ったポケットボードは結構流行った。その後i-mode が産まれ携帯の大画面化とブラウザの搭載されるとともに,添 付メイルも送れるようになった。
携帯機器はネットにつながったと当時にコミュニケーションに 注力されていったように思う(それ以前はスケジューラとアド レス帳)。
PCはノートで小型軽量化されたが,OSのGUIは大きな変化はな く,使用形態はあまり変わってない。一方で携帯の発展はPalm とかもあったが,日本ではガラケーが普及してる状態だった。
そしてその中かか出て来たのがiPhoneだった。
これはかなり衝撃的ではっきり覚えてる。これまでガラケーや 電子手帳にはキーボード(テンキー)がついていた。それが無く なったことが衝撃だったが,なによりも私が驚いたのは,画面 操作を親指の腹でやっていたことだった。それ以前も,携帯機 器のタッチ画面はあった。だけど,ほとんどがスタイラスを使 い,小さなところに慎重にタッチするものだった。しかし iPhoneのデモは,親指で画面を押さえ横にスライドしていくだ けで,アドレス帳から所望の電話先を見つけかけることができ ていた。
スタイラスで神経質に画面をタッチしたり,無くしたりする恐 れが無く,実にラフに画面操作ができるようになっていた。こ れこそが最初のスマートフォンであるが,スマートフォンの最 大の技術革新は,私はこのGUIだと思ってる。GUIデザインで多 くの革新を行ってきたアップルだからこそ可能な提案だったと 思う。
現状を思うに,この最初のスマートフォンに起きた技術革新の 次に当たる確信はスマートフォンには起きてない。画面が大き くなったり,いろんなセンサがついたり,してるが,根本的に 操作感が変わる様な変化はない。スマートフォンが一般の人に 広がる連れてパソコンの方は徐々に一般の人から,業務用やヘ ビーユーザ向けになってるらしい。
最近ついた操作性として音声による操作というのがある。これ により新しく生まれた端末形態がスマートスピーカである。だ けど,スマートフォンにも音声操作はあるし,整理されてない けどPCだって音声認識を搭載してる。スマートスピーカは独自 の用途を切り開いてはいるが,スマートフォンやPCが目指して いたダイナブックとは違う。個人が日常的に使う情報危機や思 考の道具とは違うのだろうと思う。
ということでポストスマートフォンは何なんだろうな?と思う わけだ。このまま産まれないのだろうか?。でも長い情報機器 の変化を見て来た自分としてはそのうち出てくるように思う。
最近徴候として見えてるのはウェアラブル端末だが,まだはっ きりと使いやすくスマートフォンに置き換わる様な提案はだれ もできてない。電子手帳からiPhoneへ変化したときの様な,変 化がきっと必要なのだと思う。
最近TVのアニメや映画とかを見てると近未来の情報端末として, 空中に透明なスクリーンが浮かび上がる様な腕時計型端末とか小型端 末,または目の前に映像が出る眼鏡見たいのが良くある。これ は一つの未来の形だろうが,結局スマホが案外大きく持ち歩く のに邪魔とか歩きながら使いにくいということなんだろう。た だこれが問題として意識されてるかもしれないが,案外技術革 新が起きるときって,その時に気づいている問題を解決するわ けでもないと思う。iPhoneが出たとき,私は親指の腹でタッチ 画面を操作するということで,これだけタッチ画面が使いやす くなるとは全く気付いてなかった。
さて,次はどういうアイディアが示されるのだろう。

5/23(不思議)
日大がアメフトの試合で危険な行為をした件,今朝,行為をし た選手(学生)が記者会見で謝っている映像を見た。なんかすご いもの見たな…と思った。
この事件,ここ数日TVニュースのトップで大きく報道されてお り,なぜそこまで大騒ぎするかな?と思うところがある半面, 将来子供が学生スポーツをするうえで,こういう相手をけがさ せることを作戦のように実施するスポーツがあるというのは, とても怖く,こういう騒ぎにならなかったら顧みられることも 無かったのだろうか?と思うと,まぁ騒ぎになって良かった面 もあるのかもしれないとか思ったりもする。
いずれにせよ,自分自身はそこまで強い興味を持ち,状況を追っ てるわけではないので,みんなは知っている話なのかもしれな いが,どうも奇妙に思うことが二点ほどある。
当事者でもなく良くわかってない人がとやかく言うのはみっと もないとは思うのだけど,疑問点なので疑問点としてだけ書い ておく。
一つは,この騒ぎ,日大と関西大(ですよね?)の試合で,非公 式な練習試合なのかもしれないのだけど,どうして二校だけの 間での問題になってるんだろう?。通常のスポーツだと連盟み たいのがあって,そこが問題の裁定や指導を行うと思うのだけ ど,まるで見えない。アメフトはそういう連盟はないの?。リー グが関東と関西で別れてるとかあるとは思うけど,それでもそ れぞれに連盟があってルールとかの規定とかしてるんじゃない の?とか思うのだけど,とにかく学校だけの話になっていて, スポーツ団体が出てこないのが不思議。
もう一つは今回の学生の会見。これはだれが実施したものなの?と いうこと。
いや,正直言うと,この学生の謝罪会見は実に見事で,リスク マネージメントとしては素晴らしいのではないか?と思った。 この会見を見て,学生をさらに責めたい人は結構減ったのでは ないか?という気はする。まぁ一方で日大や監督やコーチへの 批難は高まるから,そちら側の人がこの学生を責める可能性は あるんだけど。
弁護士がついて謝罪していたけど,その弁護士が主導したんだ ろうか?だとしたらこの弁護士はだれが雇ったの?以前から選手 についていたの?。
今回の会見以前の監督のコメントとかは,リスクマネージメン ト的にはひどく,火に油を注ぐようなコメントばかりだった (マスコミが強引にそういうコメントばかりを取り上げた可能 性もあるが)。 そう考えると,日大の方にこの弁護士がついているとはとても 思えない。実際学生の会見に大学関係者は同席してない様にも 見えた。ということはやっぱり学生は大学に独立して会見した んだろうか?。大学生が主体的に弁護士雇い記者を呼ぶとか, するものだろうか?という点ですごく不思議に思った。
不思議に思ったのは以上二点。
他にも真実はどうだったのかとか?,なぜ試合の最中に乱闘騒 ぎにならなかったのか?とか,いくつか疑問点はあるのだけど, それについてはいろんな人がいろんなことを言ってるのでとり あえず,書かないでおく。
いずれにせよ,これを機に,選手が相手を負傷させるような作 戦を実施するスポーツが無くなることを願う。

5/22(承認欲求)
高齢者のネット承認欲求のこれから」とい う文章を斜め読みして思った。いわゆるSNSの類で記事を書く うちにエスカレートして行動が過激化する人のことを書いてい て,高齢者もそういうのがあるよと書いている。
まぁそうだろうなとは思うのだけど,個人差じゃないか?とい う気がしないでもない。
自分は社会に出たときはネットはメールとニュースくらいでイ ンターネットという言葉もなかった。それからインターネット になりWeb上での掲示板やSNSなどと移り変わってきた。20代か ら30代あたりでネット上に多くの知り合いができ,盛んにいろ いろ書いたけど,SNSが出てきたあたりになると,新しいSNSで 一時的に盛り上がることはあってもしばらくすると,冷めてく るというのの繰り返し経験することになった「●●疲れ」とい うやつ。
そういう繰り返しなので,もうあまりネットで熱く盛り上がる ことはあまりなく,ちょっと盛り上がってもまぁ一時的なもの だよなと割と冷静に思っている。
自分たちの世代はネットの最初からをずっと経験してる世代だ けど,今の20代とかは物心がついたころからネットがある。だ から私が20代30代で経験したネットへの盛り上がりは,たぶん もっと若いころ,小中学校とかの人間関係の発達と同時に経験 するのではないか?と思う。そういう人たちが,ネットへ冷め た視線を持つことが可能なのかは良くわからないが,逆に当た り前すぎて入り込まない人もいるんじゃないかと思う。
一方高齢者はどうなんだろう?。…といっても,今でいう高齢 者とかだとさすがにリタイヤするまでネットに触ったことがな いという人は相当に高齢者だろうから,むしろ40代とか50代で ネットを始めたとかくらいなんだろうか?。会社員をやってる ときはメイルとかあっただろうけど,友達と盛り上がるために メイルをやっているという世代じゃないかもしれないから, SNSで初めてネットで人とつながっているという感覚かもしれ ない。
自分の場合も,若かったというのもあるが,最初の方はネット との距離感ってつかみにくかったので,高齢者が今そういう経 験をしてるとは思う。そういう中から距離感をつかんでうまく やっていくようになるのか,ただただ過激化していくのかは良 くわからない。まぁでも,どっちの人もいるだろうし,そうい う意味では若い人も中年も,やっぱりいろんな人がいるから, そういうものではないか?という気はする。

5/21(洗車)
週末に車に鳥のフンとかがついてるのを発見したので,今日仕 事の帰りに車を洗った。洗車はガソリンスタンドの洗車器で洗っ ている。無人で洗車できるいわゆるコイン洗車器だ。
最近というか,ここ10数年はずっとコイン洗車器であらってい る。たしか今の車の二つ前の車からはずっとコイン洗車器で洗っ ていて,手で洗ったことはない。今の住まいは駐車場に水が出 るところがなく,自宅の駐車場で洗うことはできない。今の前 に住んでいたところは,水があって洗うことはできたが,洗っ たことはない。1度か2度鳥のフンとかをとるとかに流したこと があるくらいだ。
自宅で洗えない人のために,車を洗う場所というのが,町の郊 外とかにある。これ,あまり街中にはないが,この辺はちょっ と行くと郊外なのである。高圧洗車器とかがあるところ。車を いじるのが好きな人はこういうところで手洗いをするのが愛情 みたいな話も聞くけど,使ったことがない。
なんとなく,昔は自動洗車機は車に傷がつきやすいみたいな話 も聞いていた。私の実家は私が中学くらいの時に初めて車を買っ た。その頃から父に車の洗車,ワックス掛けを手伝わされたり, そのうちまかされたりしていたので,割と洗車を自分でやって いた。学生時代に初めて車を譲ってもらった後も自分で洗って いたし,まぁ当たり前だけどバイクも自分で洗っていた。
就職して最初に買った車は何度か手洗いしてワックスをしてい たのだけど,なんか結構塗装が傷だらけになったこともあって, その後に乗り換えた車からは手洗いをしなくなった。 その車は2年くらいのって売るときに結構塗装は傷んでいたけ ど,その前に手でワックスをかけた車ほど露骨な傷は無かった。
というわけで,手洗いで洗車して自分でワックスをかけるのと, 自動洗車機で洗うのはどっちがいいのだろうか?というのは良 くわからないのだけど,今の車は問題がない。
なんとなく最近車を手でワックスをかける人が減ってる気がす るのは気のせいだろうか?。洗車器が良くなったのか,安くなっ たからなのか?…。
とかいろいろ考えた。

5/20(日曜日)
日曜日。今日は出かけることがなかったので,近所の公園で子 供と遊んだりした。昨日はすごく暑かったのだけど,今日は気 温が低く,且つ晴れていて乾燥してるのかすごく過ごしやすい 気候だった。ただし風が強かったので,子供とたちとのボール 遊びはほどほど,その後,公園の遊具で遊んだ。
午後は上の子と磁石の実験をしたり,ちょっと来客があったり。
休日らしい休日だった。

5/19(土曜日)
会社はお休みだけど,とある会合があり一人で都内に出かける。 終わった後懇親会とかは出なかったが,知り合いに声をかけら れ,少し飲んで帰ってきた。結構一日つぶれたなぁ。

5/18(費やす時間)
一昨日の続きの様な話になるのだけど,自分は好きなことを仕 事にできたんだろうという意識あって,それには運が多分にあ る,と思ってはいるんだけど,それでも成功するにはこれが必 要,みたいな感覚もある。まぁその通りやれば好きなことがで きるとは限らないにしても,こうのが必要というものは何とな くある。
これは専門職の様に特殊なスキルがものをいう仕事のケースだ けど,それは「そのことに費やした時間」だ。スキルとか技術 とかが必要な仕事で成功するには,そのことに取り組んだ時間 が他の人より圧倒的に長いということが重要だと思う。もちろ ん,これだけやったら大丈夫というのは無いし,成功するまで にかかる時間も人によりさまざま。でも自分の中で身になって ることっていうのは,軽くちょこちょこ習得したものではなく, 明らかにある時期寝ても覚めてもそれに打ち込んでいる期間が あったりする。
自分は音の研究でやってきてるけど,やっぱり音の研究にかけ た時間はすさまじく長い。学生時代からやってるけど,学生時 代も,授業中以外にも本を読んだり,調べ物をした時間がかな りあった。会社に入って仕事としてやってる時間以外も,休日 や夜だってそのことを考えてる時間は相当あった。
もちろんそれだけじゃなくて,どうやってそれを続けていくか という戦略も考えてきてはいるけど,かける時間が一番他の人 に追従されにくいわけで,時間を費やすというのは重要なこと だと思う。
私はいくつかの趣味でかなりそれに没頭したものがいくつかあっ て,それもある時期は相当時間を費やしていた。音楽は聴くの も演奏するのも学生時代は相当やったし聴くだけだったら,そ の後も続けている。バイクも一時期毎日のようにバイク屋に行 き話を聞き,週末ごとに走っていた。だからバイクは一時期結 構一流の人たちと一緒にレースに出たりとかそういうのもあっ た。
…とここまでは,前置きみたいなもので,今回ちょっと考えた のは,自分はなぜ音楽の道に進まなかったんだろう?というこ と。自分が高校の時結構音楽に没頭して,時間も費やしていた。 大学に行ってもそれなりに費やしていた。一方仕事にした音の 研究も高校の後半くらいから興味を持ち,大学受験で大学に入っ て後は学校のカリキュラムが主で,そして研究,就職となった。
大学を出る時点ではもうプロのミュージシャンになる様な状態 にはなっておらず,一方で音の研究については,それをやれる 職場をうまく見つけれれば何とかなるという状態だったとは思 うのだけど,なぜそうなったんだろう?と思った。
当然学生時代だった当時とか,若かったころだとわからなかっ たのだけど,この歳になると,こうやったら音楽で喰っていけ たかも,みたいな感覚はある。まぁなってないので無責任な感 覚なんだけど,一方で研究で喰っているし,あとプロのミュー ジシャン数名と個人的な交流とかもあって,どことなく共通点 があるなと思ったりもしてる。
そうやって思い返すと,自分の場合,高校,予備校とバンドや 演奏をやってきたのだけど,大学に入った時にしばらくバンド 活動を止めてしまったのが大きいのではないか?という気がす る。高校予備校の時は常にバンドを持っていたわけではないが, ほとんど毎日のように楽器屋に入り浸り,知り合いも多く,ラ イブをやろうと思ったらすぐにメンバーを集められた。大学に 入ったら県外に行ったこともあるが知り合いがおらず,大学の 中のサークルも最初趣味が合わず,演奏活動を積極的にしなかっ た。
代わりに相当数のLPやCDを聴いたり音楽理論の勉強をして,そ れはそれなりに良い経験になったんだけど,やっぱりあの時期 に毎日のように誰かと演奏するような環境であったらずいぶん 違っただろうなぁと思う。
もちろん大学時代にバンドをやっていたらプロになれるという つもりはなく,ただ毎日演奏を続ける時期が必要で,さらにそ の後の努力が必要なんだけど,最初のその時点で脱落していた んだろうな…と改めて思った。
一方音の研究の方は,授業のカリキュラムや卒研,修研は真 面目に研究をしさらに同級生と議論をしていれば一日中音のこ とを考えていることができた。会社も音の研究ができる仕事に 就いたのは運もあるんだろうけど,ついた後は,ずっとそれの ことをやれば仕事になったし,そこで仕事が続けられるように, いろいろ努力をした。
音楽の方は,ずっと趣味レベルだったのだけど,大学に入って も演奏を続けたり作曲をしたりし,その時代にプロにつながる ような活動をできていて,その後は何が何でもしがみついてい たら,また違ったんではないかな?という気はする。
時間を費やすことが重要だとは書いたけど,もっと書くと「苦 もなく時間を費やせることが」が重要なんだと思う。それに関 しては意外に好きだけじゃなくて,続けることにストレスがな いような環境や状況になることも重要で,それについては本人 の努力だけでは何ともならないことも多いので,難しいところ だとは思う。
逆に言うと,苦もなく時間を費やせる環境に自分を置けるので あれば,そこまで好きじゃないことでも何とか喰えるレベルま で持っていけるんじゃないか?という気がしないでもない。と いうか,そうあって欲しいなぁと思ったりしている。

5/17(西城秀樹)
昨日西城秀樹が亡くなったらしい。63歳,かなり若い。残念で す。
西城秀樹が好きか?と言われると良くわかりません。西城秀樹 がデビューしたのは私が小学校に上がるころで,すぐに人気者 になり,TVに良く出ていた。歌謡番組に出て歌ったり,芸能人 のスポーツ大会とかで活躍していたりしていた。
私にとって西城秀樹は好きというよりは,最初から「かっこい い人とはこういう人である」と刷り込まれた人なんだと思う。 だから子供のころ西城秀樹がかっこいいと思っていたしスター だと思っていた。
私のいとこに「ひでき」という名前の数歳上の人がいるし,高 校の同級生にも「ひでき」という人がいる。高校のころはとも かく小さい頃はいとこのひできがかっこいい名前でうらやまし かった。
70年代〜80年代にかけて西城秀樹はたくさんのヒット曲を連発 しTVにいつも出ていた。西城秀樹は私の歌手の価値基準の一番 根底にいると言ってもいいと思う。そういう意味で私の心にずっ と生き続ける。
ありがとうございます,安らかにお眠りください。

5/16(生存バイアス)
嫌いな仕事を、好きな仕事へと変える。」 というのを読んでいて,好きなことを仕事にすべきだとか,好 きでないことでも好きになることがあるというのはもっともだ よなぁと思ったりするわけです。自分は何となく好きなことを 仕事にしてると思ってるのだけど,本当にそうなのか?と改め て考えると,好きなことを仕事にしたのか,仕事でやっていた ことが好きになったのか?はわからないところもあります。まぁ, やっていて苦にならないこと且つその中で達成感が得られれば, 好きなことってことになるんじゃないかな?と思うけど,止め ろと言われてもやりたいと言うほどやりたいことかと言われる とどうなんだろう?。
私は健康にいい食べ物が好きという傾向があるのだけど,やる ことも自分に有用なことが好きという傾向もある。これは好き 嫌いというよりは損得で判断してないか?とか時々悩む…。
そんなことを考えていながら,とはいえ,自分の考え方,もし くは仕事に対する姿勢は生存バイアスだよなと思う。生存バイアスって様は,こういう仕事に対 する姿勢を外部に語れる人は,だいたい仕事がうまくいってる 人であり,脱落者がいないことになってるので,世の中で言わ れてる「うまくいく方法」というのは,相当にバイアスがかかっ てるって話だ(ちょっと例えが不正確な気がするが)。
私は好きなことを仕事にできてるかもしれないが,実際はそう じゃない人も多いだろう。昨日の日記にも歳をとってからの仕 事のモチベーションの話を書いてるけど,これだって私の経験 は相当に生存バイアスだろう。
自分の経験だとこうだったから,同じようにできないか?とい うのは,どこまで正しいのだろう?と良く悩む。良く悩むのは, 自分の子供のことの場合。子供がいろいろうまくいかなくて失 敗をするときに,自分の経験とか考えでこうすればいいという のが,本当に正しいのか?,彼はできるのか?,今は小さくて無 理だけど,成長すればできるのか?…というのが良くわからな い。子供だから何かしら変化や成長はあるのだけど,大丈夫だ ろうか?と良く思う。
これがもう二十歳とかすぎていれば,こういうものだと思って, その中でやり方を考えるのだけど,子供だと,教えればいつか できるようになる,とか考えがちだ。でも私と嫁の間でもでき ることとかかなり違う。まぁでもおそらく私も嫁も世間一般で は,うまく生きてきてる方だから,そのどちらにも当てはまら ないケースはたくさんあるんじゃないか?…。
とはいえ,なかなか自分の経験と違うことは教えにくい。本当 いろんな人の話を聞いて知るべきなんだろうけど,人から聞い た話はリアリティがなかったりもする。
最近,子供にいろいろ教えながら,こういうことをよく考える。

5/15(ピーターの法則)
ネットの記事を読んでいて, 50代,60代の人が会社で「働かないおじさん」 と言われるということを知った。初耳だったのだけど,心 当たりはある。この記事にはいろいろ書いていたけど,私はむ しろちょっと前に知ったピーターの法則の方が頭に浮かんではなれ なかった。ピーターの法則も最近知った言葉だけど,要は,組 織において,有能な人は出世するけど,自分の能力を超えた役 職まで上がると,もう活躍できないから無能になり,組織は無 能な人ばかりになるということ。そして組織の仕事はまだ出世 の余地のある人によって行われるものという法則らしい。
これ,ずっと感じていたことに対して腑に落ちることで,それ は,自分の周りを見るとやっぱり40代50代とだんだんやる気が 下がっている人が結構いる。若いころはバリバリやっていたの に,そうなる。単にそれが老化ということもできるんだけど, 歳をとってもバリバリやってる人もいる。原因と結果のどちら かわからないけど,やる気がない人は,もうこれ以上出世しな いとか先が見えていると思ってるからの様に感じていて,頑張っ ても報われないと思うと人は頑張らないものなのか…と思って いたりもしていた。ピーターの法則はそういうことではないが, 結局のところ,これ以上活躍できないというところで人は固定 化するし,まだ出世する余地のある人だけが頑張るということ なので,そういう点では納得感がある。
まぁ何が何でも人はがむしゃらに頑張るべきと言うつもりない し,実際歳をとるとパフォーマンスが下がるのは事実だから, 普通に歳をとると働かなくなるものなのかもしれないけど,モ チベーションの問題で仕事をしないのであれば,もう少し,モ チベーションのわくような施策はできないものだろうかという 気はする。
自分は仕事はそれなりに頑張っているつもりだけど,それはやっ ぱりまだ先があると思ってるからのように思う。まぁ会社の中 で出世するために頑張るというのはもうあまり強くないのだけ ど,自由に動けて,かつ良い関係を維持するためには,ある程 度組織に貢献しないといけないと思ってるので。
実際のところ,出世以外に人にやる気を起こさせるものが必要 なんだと思う。自分でそれを見つけられる人もいるんだろうけ ど,周りを見てるとたいていはそうでもないのかなと。

5/14(ネアンデルタール)
日曜日にやっていた NHKスペシャル人類誕生を見た。ネアンデ ルタールの話だった。今回出て来たネアンデルタールはずいぶ ん人間的で,白人の様な感じだった。
ネットで昔と言われてることが変わったなぁという意見があっ た。ずっと昔はネアンデルタールは人間(ホモサピエンス)の祖 先と言われていたが,その後,人間とはつながりがなく滅びた という説になっていた。今回は人間とは別だが,人間と交配さ れて遺伝子はわずかだが現代人の中に残っているという話だっ た。
ネアンデルタールが人間の祖先といわれていた時代はあまり記 憶にないが,つい最近まで人間とは別個に滅びたと聞いていた。 人間と交配していたというのは,あり得そうでなさそうで,と いう感じだが,交配可能であれば,別種と言えるんだろうか?… という疑問が生じる。そもそもネアンデルタールとホモサピエ ンスの違いは発掘される骨から頭の形や骨の作りが違うと言わ れるからだけど,現代人だって人や人種で体格は相当違う。そ の差には収まらないのだろうか?。
今回ネアンデルタールが滅んでホモサピエンスが生き残った理 由が,ネアンデルタールは大集団で生きられなく,それにより 大集団で生きて,知識の共有・発達に有利だったホモサピエン スの方が気候の変動とかにうまく対応できたというものだった 様だけど,今一つ釈然としなかった。
ずいぶん昔私が聞いたのはネアンデルタール人はうまくしゃべ れなかったという話だったが,今回は話ができると言われてい た。話ができると複雑な知識の伝達が可能だけど,しゃべれな いとできない。ただ,ネアンデルタール人がしゃべると言って も,人間と同じようにしゃべれたのかはわからない。鳥だって しゃべって情報を伝えるが複雑なことは言えない。ネアンデル タール人が大人数で暮らせなかったというのは,習慣の問題な のか,それとも遺伝的な何か特徴からそうなったのか…。
…などなど番組としてはおもろかったが,なんとなく釈然とし ない内容ではあった。これって正しいのかな?と。

5/13(ステータスによるコミュニケーション)
「○日ひま?」に理由を聞くと怒る人」と いう文。いきなり人に「ひま?」と聞く人がいて,なんで?と聞 くと怒る人がいるという話です。
怒るかなぁ…とも思ったけど,数日前に別件で,「ひま?」と 聞くけど,用事を聞いたら答えないという話をどこかで読んだ。 失礼だなぁと思ったのだけど,「ひま?」と聞いて自分の要件 は言わない人が結構いるんだろうか?と。
こういうのは若い人のコミュニケーションの形態なんだろうか?と もちょっと思った。自分は若い時,こういう風に人の用事を聞 いてたっけ?。確かに「明日暇?」と聞くことはあるような気が するが,「なんで?」と聞かれると,別に頭に来ないし,要件 を言う。自分の要件を答える前に相手が暇かどうかを確認した いのは,暇だったら要件を言おうと思ってるんだろうけど,さ らに言うと,自分の要件に答えてくれないなら,何をしようと してるかを答えたくないということなんだろうか。
若いころこういうコミュニケーションをしていたか,思いだせ ないけど,今だと,「明日暇?」と聞かれたら「やることはある けど,何?」と答えると思う。実際にこの歳になり,家族もいる と,休日にすることがなくごろごろしてるってことはない。暇 だったら,子供と遊んだりすることはある。でも他に重要な誘 いがあれば,そちらを優先することはできる。だから,「やる ことはある」というのは,断ってるわけじゃなくて,内容によっ ては調整できるという意味になる。
まぁ,家族がいなくても,相手の誘いに乗りたいときと乗りた くないことはあるだろうから,やはり内容によっては相手に合 わせるし,一人で家で休んでいたい内容の場合もある,という のが普通だと思うんだけど…。だから,誘いの内容を聞いて 「うーん,止めとく」と答えることもあるし,相手が断っても 腹は立たない。まぁこういうのは,断った理由をあまり聞かな い方が花である。
リンクの文で想像したやり取りを見て,なんとなく最初LINEに 象徴されるSNSの文化なんだろうか?と思った。LINEは相手がメッ セージを読んだことが分かるが,読んで反応がないと怒る人い るらしい。読んでも,相手が暇だとは限らないし,反応が後回 しにされることもあるし,答えるまでもないと思われることも あるだろう,と思うんだけど,そう思わない人がいるので,な んか面倒なことになっている。
最初の「ひま?」という誘いも,暇だったら,自分の用事に付 き合うものだろう,という思いが透けて見えるのは気のせいだ ろうか?。
SNSが産まれる何十年も前から電話等の通信手段で,かける前 にあいてのステータスがわかるようにするという試みが何度も されていた。実際に試行されたりしたけど,結局はSNSになる くらいまで,実装はされなかったと思う。まぁ実際そういう時 代の試行を見たこともあるけど,それほど良いもの,とも思わ なかった気がする。相手の状態がわかるのはいいのだけど,見 られる方はあまりうれしくないというか。LINEの既読もその状 態を知る方は便利だろうけど,知られる方ってどうなんだろう なぁ,と思うし,相手の状況がわからないと,用事を言えない のもどうだろう,と思ったりした。

5/12(土曜日)
良い天気。気温も涼しい位でちょうどいい。すごしやすい。
午前中,朝からカブトムシの土の掃除,その後, 長男が砂鉄を集めたいと言うので磁石を持って公園で 砂鉄集め。その後,ボールを持って公園に行きボール蹴り, キャッチボール。
昼自宅に帰り,昼食を食べた後,昨日放送していたパシフィッ クリムを見る。
あとはだらだら,長男は砂鉄で実験をしていた様子。夕方に家 族でモノポリーをする。夕食を食べてだいたい一日終了。
TV寝て寝落ちしたが,睡眠時間は結構取れた。

5/11(ジェンダー)
ちょっと手短に。
ネットでちょっと見かけた記事に「 欧米でジェンダーの議論があれほ ど発達し、現在も進み続けているのは、欧米社会のジェンダー コードがあまりにも強力で、それに逆らって生きるのが大変だ からではないでしょうか。」というのがありました。この ページに書かれてること全体については,良くわかりませんが, この話についてかかてれる部分については,私も以前からそう かな,と思ってます。
欧米の方が日本よりはるかに,男性はこうあるべきとか女性は こうあるべきという風潮が強いように感じてます。これは欧米 の映画やTVドラマをみても,典型的な男女が描かれてることが 多いし,このページに書かれてるように,男女ペアじゃないと 入りにくいとか出にくい場が結構あるとか,そういうことから 感じます。ゲイとかレズの解放は欧米の方が進んでいるのかも しれませんが,そもそも日本ではユニセックスというか無性的 な格好や性格の人も多い。草食系男子とかもそうでしょう。
だから,欧米の女性解放運動とかを日本にそのまま持ち込むと, どうも違和感ががある。以前からそう思ってました。
具体的な例をいくつかあげられるといいんですが,今日はちょっ と時間的余裕がないので,また可能だったら書くかもしれませ ん。

5/10(徒然)
ネットで拾った話題に反応。
ビートたけしが暴言をしても批判されない,彼 が日本人に愛されているって話。批判される,うける,引 くギリギリのところを攻める能力が高いからと書かれてます。 それもあると思うんですが,たけしの場合,すでに何度か警察 に捕まり綺麗なイメージはない,それでいて映画監督でも成功 してるという点,あと大きいのは弟子がたくさんいてTVで活躍 してるっていうのが大きいんじゃないかなぁ。プロダクション の社長の様な立場の人って,TVではとても強いですよね。談志 も弟子がたくさんTVに出てるせいか,自由だったなぁと思いだ しました。
次。
「日本のカーナビ」はスマホに駆逐され滅びゆ くしかないのかって話。読んでみると日本のカーナビは高 度に進化してるのだけど,海外のは違っていて,スマホに置き 換わってると。まぁガラケーみたいなものだと言いたげ。
うーん,でも一方で海外では,自動運転自動車とかが出てきて 車自体に高度なIT技術が組み込まれて言ってる流れからみると, スマホで済むというのとは違う流れが出るんじゃないかなぁと いう気がする。カーナビじゃなくてトータルなコネクテッドカー システムとして進化するかもしれないわけで。ただ日本は市場 の規模からして中途半端なガラパゴスになりがちというのはあ り得るかも。
次。
人ごみでわざとぶつかる人をやっていたと いう人の話。こういう人いるのか,と思った。自分は大人で男 だからあまりぶつかられることがないのだけど,子供とか女性 とか良くそういう経験をしてるのかもしれない。自分から見え ないものって結構あるんだなと思った。
まぁでもこれ都会特有だよね。田舎だとあり得ない。
次。
イギリスで精子ドナー17人で500人以上の父親 になってると判明という話。あぁ,なるほどこうなっちゃ うのか…と。なかなか恐ろしいなぁ。知らないまま近親相姦やっ ちゃう可能性があるわけだ。
まぁでも,先天的な病気を持ってないとか,そういう検査をす ると誰でもドナーになるっていかなくなるのは,わかるんだけ ど,そうするとやっぱり生物の多様性という意味で正しいのか?と いう気もする。まぁ猿やライオンの群れやゾウアザラシみたい に,一人のオスがたくさんのメスを従えるって構図には似てる んだけど…。なんかおかしなことになってるなぁと思った。
今日はこの辺で。

5/9(楽しむ余裕)
意識しておかないと、欲は死んでいく」と いう話を読んだ。書いた人は絵を描く人ですが,子供のころは 楽しくて書いていた。美大に入り,お金を稼ぐために描いてい たら,楽しいと思わなくなり,忙しくて他の楽しいこともやら なくなった。気がついたらやりたいことをやりたいと思う気持 ちが萎えていた…って話。
なんとなく,心当たりがある。手段が目的になり変わり,目的 が見失われる。やりたいことをやるために働いていたのに,い つの間にかやりたいことが無くなっていく。特にもともとやり たい事や趣味を仕事にすると,その趣味がやりたくてやること じゃなくなってしまう。
まぁもともと趣味でやっていたことをお金に換えることができ るだけでも大したものだとは思うのだけど,逆にお金に換える というのは本当にやりたいことをからずれていく可能性もある。
自分は研究をやってるけど,もどもとやりたくて始めた分野で 学生時代からやっている。でも会社で研究をやっていると,食 べるためにやっていて,さらに仕事としてするための手続き (雑用)がかなり多い。まぁそれも食うために必要だけど,ずっ とやってると,なんか本来あるべき好奇心が失われて作業だけ になっていく。しかもリンク文にも書いていたけど,他の趣味 とかもだんだんどうでもよくなっていく。
私は研究者はあまり忙しかったいけないと思ってるんだけど, 実際なかなか難しい。忙しいと目の前の仕事をするだけで,な んかやってる気になってしまう。研究は新しいことを生み出す 仕事だけど,そういうことじゃなく作業だけになってしまう。
研究にしても趣味にしても好きだからやっていたはずだけど, だんだんそうじゃなくなっていく。モチベーションをどうやっ て維持するから産み出すかが難しい。
あと,これってちょっとした鬱なんじゃないかな。自分は病気 になって絶望した時,何をしても楽しいと思えない時期がちょっ とだけあった。落ち込むと本当に笑えないんだなと思った。
いろいろ思ったけど,ちょっとだけ書いてみた。

5/8(やりがい搾取)
スラドでとある大学内の書店で働いていたバイ トの人が辞めたという話からやりがい搾取の話になっていた 。やりがい搾取とは,働いている人が喜びを見出すような 仕事を良いことに,雇用側が低賃金で過剰に働かされるような 話。言葉からわかるように悪意味でつかわれる。
やりがい搾取はブラックな仕事につながるということで,やめ させるべきという意見がある。うーん,まぁそうなんだろうけ ど,何が何でもそうなんだろうか?という気がしないでもない。 まぁやりがい搾取という言葉の定義がはっきりしないので,何 をどうやめるべきか?もはっきりしないのだけど。
本人がやりたい,やっていて楽しい,という仕事を低賃金でさ せるということだけを定義にしたら,結局のところボランティ アもやりがい搾取になってしまう。世の中ボランティアで回っ てることは結構ある。まぁボランティアは無償が基本だけど, 実費とか手間賃を与えれば,一種の雇用になるので,やりがい 搾取の一種の様な感じになるよなぁ…と。
一方でそういう低賃金や無償で仕事をする人がいるから,まと もに働きたい人の賃金まで下がるんだという話もある。まぁこ れもそうだよねぇ…。だから難しい。
私がこういうことを思うのは,自分が研究を仕事にしてると, 結構タダ働きが多いから。いや,自分が,というわけじゃなく て,例えば学会とかで働いている大学の先生とか。企業から学 会活動をしてる人は,仕事としてやってる人とプライベートで やってる人いるんだと思う。大学はそれが大学の業務と言える のかどうか?。大学はそういう活動を推奨してるんだろうけど, 例えばそれに行く交通費を出す大学と出さない大学があるみた い。大学の先生とか,普通に考えれば賃金単金が高そうだけど, そういう人をただ同然で働かせてる学会ってすごいよなぁ,と 良く思うのです。
まぁ研究者ってお休みの日でも,頭の中では研究のことを考え ていたり,本を読んでいたりして,お金にならないけど働いて いること多い。でも個人的にはそういうものだしそうあるべき だと思ってる。
大学の先生とかがやりがい搾取されてないと言われるのは,ちゃ んとした定職を持っていて,十分な賃金をそっちで得てるから だと思う。もちろん非常勤とかで十分な賃金を得てない人もい るんだけど,やっぱりそういう人は学会活動はあまり活発にで きない。
最初の本屋の店員の話は,アルバイトだけどフルタイムでその 仕事をやっている人の様。その人がその家の家計を支えてるの かわからないけど,そうだとしたら,いくら好きな仕事だとし ても低賃金で働かされるのは辛いと思う。一方でたとえば配偶 者が十分な収入とかあって生活に困窮していなく,また働く時 間もそんなに長くないのであれば,好きなことができたり社会 とのつながりが持てたりとか,そんなに悪いことじゃん無いの では?という気もする。
ただそうなると,生活のために働いている人も同じ職場にいた りして,賃金に差をつけられないのでどうよ,ということにな る。その辺は難しい。
働き方改革とかで,扶養控除の枠を変えていって,被扶養者が 長時間働きやすいようにしようということがずっと言われてる けど,個人的には,軽く働きたいひとって結構いるはずで,そ ういう人が働くためも枠みたいのはあってもいいんじゃないか なぁという気がしてる。ただ上に書いたように,運用が難しい ので,今の状態がいいのかというと良くわからない。
漫画家のアシスタントとかアニメータとかもやりがい搾取と言 われてる。まぁそうかなと思うけど,結局のところ,やってる 方も楽しいから,ってだけで何年もその仕事をやってると,ま ずいよと思うべきじゃないんだろうか?。まずいと思わない人 だけが続けるべきで。
うまく良い策が見つからないのだけど,そんなことを良く思う。

5/7(X0年)
ネットで何十周年という記事を偶然三つ見かけた。 「桂花ラーメン」東京進出50年。あぁそ うなんだ。桂花ラーメンを初めて食べたのは小学生くらいの時 か?。40年くらい前かなぁ。だとすればその時すでに東京には 進出していたんだと思った。 もちろん熊本で食べたはずだけど,自宅で食べるインスタント ラーメンとは違うラーメンとして初めて意識したのは桂花だと 思う。
その後上京しても同じ味が楽しめる熊本ラーメンとして,頻繁 に食べている。一時期横浜にもあったりしたのだけど,急激に 店の数が減り,そして倒産という話を聞いた。熊本に帰ったら 店の数が減っていていよいよダメなのか?と思ったら,現在東 京の方は,新宿,渋谷,池袋と結構店は増えてる様子。まぁ続 いているようでなにより。
次。 初 代iMacが発表されてから今日で20年だそうだ。へー,って ことは1998年か。もう一年くらい後(世紀末)くらいかと思って た。いずれにせよ,当時私はNeXTユーザでジョブスの動きは注 目していたので,驚いた。
でも,それよりもマックユーザにとって記念すべき年は以前は 1984年(初代マッキントッシュ発売)だったんだけどねぇ。iMac 発売の歳が記念のようになったかぁと感慨深く思った。

藤崎詩織、40歳だそうで。藤崎詩織はとき メモの主人公。ちなみに自分はときメモはやってませんが,そ れでもこのキャラの名前は知ってます。それくらい話題になっ ていたゲームでした。もう40年?…,いやそんなバカな,25年 くらいじゃない?と思ったら,これってキャラの誕生日の設定 なのね。キャラの誕生日がひにちだけじゃなくて,西暦まで設 定されていたの?だったら,毎年歳をとるんじゃない…とちょっ と不思議に思った。まぁいいけど。
私はときメモはやってなかったけど他の美少女ゲームはやった。 この辺のゲーム,どれが源流なんだろう?と改めて思った。
と,最後のはちょっと違うのだけど,今年は節目の年でした。

5/6(日本人と外国人)
帰省から横須賀へ帰ってきた。
ところで,ネットで, 日本人男性と外国人男性の違いというページをみて,ちょっ とツボだったので突っ込んでみる。結構ジョークなので,あま り真に受けないでほしい。
ちなみに私はベースの町に住んでいるので,主に米国系の人と, その人と付き合ってる日本人,あとなぜか一部のアジア系の外 国人を観る機会が多い。なのでその感覚。他の国の人は違うか もしれないとは思う。
で,ここに描いているいくつかの比較は,合ってるなと思うも のと,そうかな?と思うものがあるが,大きく異論はない。た だこの記事をみて,おそらく日本人の女性が,日本人男性の悪 いところとして挙げてるので,それに対しては,「そうか?」 と思う。
まず外国人男性がファッションがあまり重要でないという点は, 確かに私が良く見るアメリカ人はそういう人が多いように見え るが,それって日本人がやってるとむしろお洒落じゃないと批 判されないか?。確かにアメリカ人は黒人も白人も非常にガタ イが良く胸板も厚い人が多いので,Tシャツ一枚でもそれなり に見栄えがする。でも,そのまま歳をとって太る人多いよ。軍 人さんは太ってないけど,そうじゃない人や退役した人もいる し。で,そのままTシャツだったりするよ。それでも良いんで すか?と女性に問いたい;-p。
まぁ日本人男性のおしゃれに気をつけてる格好が,そんなにかっ こいいか?というと,それはそれで疑問なんだけど。
日本人男性がかわいい女性を求め外国人男性がセクシーさを求 めるというのは,外国人男性はそうかもしれないが,日本人は どうなんだろう?。日本人男性もセクシーな女性も好きだと思 うけど…。ちなみに外国人(主に西洋人)女性で年頃の人はセク シーな格好をしてる人が多いし,外国人をナンパに来る日本人 女性(結構多い)はセクシーな格好をしてるので,西洋人男性が セクシーさを求めるのはそうかもしれないが,日本人はかわい い子もセクシーな子も好きだという人もいるんじゃないだろう か?(無節操?)。
余談ですが,アメリカ人男性は歳をとると太ると書いたけど, そういう人と暮らしてるせいか,アメリカ人と結婚した女性も ガタイが良くなる人が多い気がする。まぁそれでますます豊満 になるのだけど。
家事については良くわからない。まぁでもそうかもとは思うし, 個人差じゃない?とも思うが。
割り勘も外国人と飲み食いをしたことがないのでわからない。 ただ割り勘は良く日本人の風習として取り上げられるので,日 本人がおごり外国人が割り勘というのは違和感があった。まぁ 女性に下ごころがある男性が女性におごるのは良くあるのだけ ど,むしろ外国人の場合が日本人女性におごらないだけでは? という気がした。
ということで,比較事象としてさほど異論はないのだけど,そ れで外国人男性を持ち上げるネタになら無いと思うというのが 私の印象。
ちなみに外国人の方がおしゃれをせずにかっこよく見えるとし たら,それは単にその人が外国人の顔の見分けがつかないだけ では?という気がする;-p。実際自分も西洋人の子供とか無茶苦 茶かわいく見えるんだけど,見分けの精度には自信がない。で, 逆に向こうの人は日本人をそういう風に見えてるという話もあ る。人種が違うと良いと思う風貌は違うと思う。西洋人見慣れ てると,だんだん普通に見えてきて,さほどかっこいいと思わ なくなるよ…とか思う。

5/5(GW)
今年のGWは親戚の間でちょっとしたイベントがあり,集まるこ とになり帰省していた。といっても子供学校のあったのでGWの 後半に短期間でということになった。
ということで帰省先で何かその地元らしい遊びはせず,買い物 をしたのと,イベント関連のことをやったのみ。ただし今日の 午前中は,近所の公園で子供は砂鉄集めをしていた。
砂鉄って自分が子供のころは結構集めていたが,今は使い捨て のカイロの中に鉄粉が入ってるので,そんなに価値あるのかし ら?とか思ったりするが,子供は喜んで集めていた。まぁうち は使い捨てカイロも使ってないけど。
ちなみに昨日は,午前中に買い物に行き,午後は子供の散髪後, DVD等を見ていた。あまり外で遊ばなかったが,今日遊んだか らいいか…。

5/4(酒の問題)
田口ランディがお酒で問題を起こした人の話 を書いていた。良く言われるアルコール依存症以外の話を 書いていて,なるほどと思った。アルコール依存症は病気とし て認識されているが,毎日酒を飲む習慣飲酒や酒乱も十分問題 だと書いていた。
確かに毎日酒を飲んでも少量だと大丈夫だろうと思いがちとい うか,私もそういうところがある。週に連続2日酒を抜くべき という話も聞いたところもある。ビール一缶以下で酔うわけで はないので支障がないと思っていても,たまに数日酒を抜くと, 体調が向上するので,体に負担がかかってるんだろうな,と思っ たりもする。
酒乱については以前から不思議に思ってる。酒乱の人っている ようだけど,あれは何なんだろう。ただ私自身はあまり酒乱の 人に会ったことがあるわけではない。誰の前でも酒乱になるわ けではなく,家族とかの前になるんだろうか?。
ただ自分も酒を飲むと性格が変わると思っている。雄弁になる し,人懐こくなる。ランディは「良い性格になる人はおらず」 と書いてるから,飲んでしゃべるようになるのは酒乱じゃない のだろうか?。自分の場合,飲んで雄弁になるのは,たぶん酔っ て「遠慮」が無くなってるんだと思う。普段抑圧されているも のが出てくるという意味では,何かのタガが外れていることに なる。酒乱の人も何かタガが外れて抑圧されているものが出て きてるのであれば,同種なんでは?とも思うのだけど,違うの だろうか?。自分が遠慮が無くなって暴れないのは,そもそも 暴れたいとか,不満とかがないからではないのか?,逆に暴れ る人は,どこか,暴れたいという気持ちがあってそれを理性が 抑えてるからでは?とか思うのだけど,違うのだろうか?。
とはいえ,酒を飲んで雄弁になったり人懐こくなるのは,良く あることのようにも思う。だから酒は人が親しくなるのによく 使われるわけだし。
自分も酒を飲んで記憶をなくすことはある。ただ性格が変わっ たところから覚えてないってことはない。その辺はここで書か れてる酒乱とは少し違う。ただ酒乱って酒乱自体が迷惑なのは 良くわかるが,どういう人が酒乱になり,病気なのかどうか?, 良くわからない。

5/3(ミッドライフ・クライシス)
ネットの一部で ミッドライフ・クライシスというのが話題になっ ていた。この言葉初めて聞いたのだけど,「中年の危機」 らしい。そういうとわかる,と思っていたら Wikipediaにもある言葉とのこと。心理学 用語なのか?
言葉は初めて聞いたけど,中年のあるころに心身が崩れやすい ということは,良くわかる。というか経験的にそう思ってい る。っていうかこれって「厄年」のことなんじゃないか?と思 う。
ミッドライフがいつをさすのか今一つ分からないのだけど,ネッ トでの言及をみてるとアラフォーくらいが多いように感じた。 男の厄年は42歳前後である。
この年頃の危機は,一つは身体的な衰えによるもの,一つは, 一般的な社会人だと働き始めて15年から20年程度経って,そろ そろ自分の将来が見えて限界感を感じるあたりでもある。がむ しゃらに働いたり暴飲暴食をしていたら,体に支障が出て,生 活習慣病とかが出てくるのもこのあたりに多いのではないか?。
だからミッドライフ・クライシスに異論はないのだけど,いや, それって昔から厄年で言われてることですから…という気がし た。
自分の場合厄年の時にがんで手術をした。まさに厄年だと当時 思った。ただ,病気による身体的な負担,およびがんという大 病によるショックが大きく,仕事の限界とかそういうのはあま り強く感じなかった。まぁ仕事の将来を強く考えたのは,私の 場合30代中盤から後半あたりの時期で,私の場合,それで落ち 込むようなことはなかった。
女性の場合は私にはピンとこないのだけど,男性の場合厄年は 25歳あたり42歳あたり,61歳あたりと言われている。25歳とい うと就職するころになる。61歳は未経験だからわからないけど, どちらも,これまでと同じペースで生きていくことを見直す時 期だと当時思った。42歳あたりは,社会人になってがむしゃら に働き,飲み食いするというペースを続けると,だいたい支障 が出る時期である。。25歳も学生の乗りで生きていくことを見 直す時期である。厄年ってうまくできてるなと思った。
なお,仕事の上りが見えて来た,という意味でアラフォーのあ たりで落ち込む人が多いというのはわかるのはわかるのだけど, 私はこの時期から現在に至るまで,まだ先がわからない状態な ので,そういう心境にはなってない。安心と落胆は紙一重だな とは思う。

5/2(ギブソン)
今朝 ギターメーカのギブソンがアメリカで破産申請 したというニュースが流れていた。ギターを弾く知り合い の間でも大きく話題になっていた。もっとも数ヶ月前に危ない というニュースも流れていたので,寝耳に水というわけではな い。とはいえギターを弾く自分としては,今後どうなるんだろ う?という不安もある。
あまりわからない人のために書くがギブソンというメーカはエ レキギターのメーカとしてはフェンダーと合わせて2大メーカ と言えるくらいメジャーで,エレキギター専門のフェンダーと 違いアコースティックも手掛けており,歴史も古く,まぁ正確 かどうか自信がないが,バイクで言うところのホンダみたいな 会社である。ホンダがつぶれたら,えっ?って思いますよね。
ギブソンが作り出したいくつかのギターはその後のギターに多 大な影響を与え,コピーモデルも数えられないくらいある。レ スポール,ES-175,ES-335,SG,フライングV,エクスプロー ラ,サンダーバード,ハミングバード,L-5等。ソリッド専門 のフェンダーに比べ,ホローボディもあり,アーチドトップだっ たりセットネックだったりで,木工製品としても複雑で,造形 的にも美しく高級感あふれるギターが多い。あこがれるギター をたくさん出している。
それでも,最近はあまり売れてないという話も聞いていた。格 調高いデザインがアダとなったのか,若い人に受けてないとい う話も聞いたが本当かはわからない。個人的には別に新しいモ デルを出す必要もなく,昔からの製品を作ればいいんじゃない か?とか思うが,一方でだったら状態のいい中古を探せばいいと いう気もする。もっとも,50年以上前のモデルが中古で100万以 上する高級品として取引されていても,ギブソン社自体が儲か るわけではなく,若い向けに手ごろなモデルを売る必要がある んだろうとは思う。
ギブソンはここ数年,新興の楽器メーカの買収を行っていて, 結果的にはそれが経営を圧迫したらしい。でもこの動きもなん となく自動車業界におけるワーゲンとかプジョーとかが多くの メーカを買収して子会社にしてるという構図を彷彿させ,楽器 業界でコンツェルン化することで生き残りをかけていたのかも しれない。
いずれにせよ拡大主義でとん挫したのだから,今後はコンパク トにやっていくのだろうか?。主要なモデルは残ると思うが, だとすると私がメインで使っているスタインバーガーもギブソ ンにブランドを吸収されていたので,むしろこっちの方が無く なる怖れがあったりして,パーツとかが無くなると困る…とい う気がする。
余談だけど,私自身ここ20年くらいエレキギターは買ってない。 もし買うとしたら,ギブソンのギターも候補であった。どうす るかなぁ。

5/1(時事)
数日前,朝鮮半島で南北の首脳会談が実施され,朝鮮半島の非 核化に合意したらしい。北朝鮮の宣言にどれだけの実行が伴う のかは,これまでの実績から不確定だと思うが,いずれにせよ 北朝鮮が核放棄をするのであれば良いことだと思う。
ところが,世の中はこの動きを政治利用をしようという人たち も結構いて,安部政権批判につなげようとしている。あたかも 韓国大統領やトランプ大統領の手柄の様にいい,日本は蚊帳の 外の様に言っていたりするようだけど,そもそも日米の北朝鮮 への圧力強化から,根を上げて北朝鮮が軟化した可能性だって ある。圧力は緊張感を高めるとかって批判してる人たちがいた が,日本やアメリカの態度はほとんど変化せず,北朝鮮が折れ て来たようにも見える。
もっとも韓国の大統領は最初から北朝鮮には甘かったし,中国 が何かやった可能性もあり,韓国や中国の関与も考えると,本 当は何が効果的だったのかは,まだはっきりしない。いずれに せよ,現時点では宣言をしただけだけど。
なんかノーベル平和賞の民間の賭けで金正恩氏が一位らしい。 いや,そもそも朝鮮半島で核開発を推進して緊張感を高めたの は金正恩氏のはずなんだけど,なんで自らやったことを辞めた ら平和賞の候補になるのかよくわからない。韓国大統領やアメ リカ大統領も候補らしいが,まぁ彼らの行動がもしかしたら効 果があった可能性もある。ただ,韓国というとかっての金大中 大統領もノーベル平和賞を取ったし,オバマ大統領も取った。 取って,彼らがどれくらい平和に貢献できたか…というと,ど うですかね。まぁノーベル平和賞とは,そういう賞だったりす る。
いずれにせよ,実際に北朝鮮の核解除がどの様に実施されるか, さらにその後に拉致問題の解決がどうされるかが重要だと思う。 「朝鮮半島の非核化」という言葉を取ると,北朝鮮のみならず, 在韓米軍も非核化するという意味とも取れるけど,在韓米軍を 撤退させるという約束になってないだろうか?。それって大丈 夫か?という気もする。在韓米軍が撤退するなら,中国もロシ アも大歓迎だろうから,この宣言自体中国やロシアが何かしら 絡んでいる可能性もある。
北朝鮮は日本と対話する用意があると言ってるけど,日本はと りあえずは拉致問題が話題だろう。でも,その後は,むしろ北 朝鮮は太平洋戦争時の戦後補償を求めてくる可能性もある。 ODAだって要求するかもしれない。金正恩氏や現北朝鮮の幹部 からすると,過去のことだとして,誰か罪をなすりつけて,拉 致問題を終わったことにする可能性もある。
ここ数日TVで放映される金正恩氏の笑顔を見てると,なにかイ メージチェンジを計ってるんだろうか?という気すらする。こ れまでの不気味な独裁者というイメージからやたら友好的なイ メージへと。
なんか見ていてふと思ったのだけど,日本が太平洋戦争で敗戦 して,昭和天皇がマッカーサーに会いに行き,新聞に載ったり したあたりって他国からはどう見えていたんだろう?という気 もする。昭和天皇だって,戦時中は他国からは独裁者や軍国主 義者のように見られていたのではないか?。現在の日本の常識 としては,日中戦争や太平洋戦争は軍部の暴走で始まり昭和天 皇の意思ではなく,むしろ,それを嫌がっていたということに なっている。それでいて昭和天皇は自らの戦争責任を負う覚悟 でマッカーサーに会ったが,マッカーサーは日本を統治するう えで天皇制という国体は残した方がいいと判断した。その後, 日本は平和憲法を制定したりしたこともあり,昭和天皇は平和 活動に尽力したというイメージがある。
金正恩氏だって若い国家元首だし,核開発だって拉致だって, 自分の意思ではなく周りやっていた,という見方もできる。む しろ今回の今回の南北宣言の方が金氏が押し切って自らの意思 でやった可能性もある。そして,北朝鮮を非核化できれば,日 本と同じように北朝鮮の国体が維持される…のかもしれない… とかいうストーリを考えていないだろうか?。
まぁ実際のところ良くわからない。まぁでもだいぶ前から北朝 鮮って戦前の日本を彷彿させるところがあると思ってるんです よね。だとするとそういう路線変更だって狙ってるかもしれな い。
まぁいずれにせよ,極東に平和と安寧が訪れますように,と願 うしかない。


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