だらだら書いた日記です。
日記中のURLはメンテしないので,切れてる場合もあります。
あしからず。
- 11/30(ヒヤリハット)
- 秘密なんですが(笑),今日は結構車で移動。結構ヒヤリとする 場面が多かったので,書いておきます。
昼前に横横を登っていて1XXキロで追い越し車線を走っていたら, 後ろで回転灯が…。ルームミラーを観ると白バイが…。 やられた…と思って減速すると抜いていきました。どうやら 後ろについた瞬間にわたしが減速したようで,測られずに 済んだようです…。まぁこれはヒヤリといっても事故じゃないけど(^^;)。
その後三京。登り港北ICのちょっと先をいってると 前方100mくらいでトラックから 荷物転落。1m四方あるような金属の方形篭の様なものが 転がってきます…。マジで怖かったです。まぁ100mくらいだし,路肩に向かって 転げていったので,余裕でよけられはしましたが,わたしの前には 車もいたので,あれらがぶつかっていたら,どうなっていたやら…。 ちなみに落したトラックは気づかなかったようですが…。
だいたいこの辺で,「今日は嫌な予感がする…,二度あることは」と 思ったのでした。
で,夜の帰り。某所で左折しようとしたら自転車がいて, 驚いた自転車に乗っていたおばさんは飛び降り…。いやまぁ…, 確かにこっちが悪いんですが,一応止まったんで…,なんか いつまでもこっちをにらまれていて,ちと辛かったです(^^;)…。 でも都内(といっても多摩地区)は自転車多いです。
で,更に帰りの下りの三京。走っていると,フロンと辺りで カチーン…という音が…。何かぶつかった気が…。 まぁこれはヒヤリというにはたいしたことないのですが, 今日は偉くそういうことが多かったので,結構ビビリました。
ちなみに朝ラジオでのわたしの運勢は「今日はいいアイディアが浮く」って ことで結構ラッキーだったのですが…。まぁ仕事ではディスカッションを たくさんして,確かにアイディアが出た気はしますが…。
最近,車運転して怖いと思うことたまにあります。…っていうか 老化を実感してるんだろなぁorz…。
- 11/29(ひきこりと情報)
- ニートやヒキコモリが発生する原因の一つとして 社会が典型から外れた生き方を許容しにくい現状があるというのは わたしもそう思います。 しかし,そういう外れてしまった人がなぜ引き籠もってしまうかと いうとやっぱりメディアが存在するって事もあるのではないでしょうか?。
そもそも,外れものは昔からいたはずですが,こんなにひきこもって いたのでしょうか?。現代の日本は,あまりに発達したメディアの せいでどこにいても情報を得ることが出来ます。人と接しなくても 情報を得て,その情報をいじくることが出来ます。いい言い方をすると 引き籠もっていても退屈しません。
しかし現実社会から乖離して情報だけを得ていると,何が現実で 何が嘘なのかわからなくなります。そして大量に得られた情報を 整理するための手がかり得られなくなります。
そもそも人間は現在得られるような情報をきちんと受け止めて, それなりに取捨選択し,その中から自分の考えを組み立てていくだけの 能力を持っているのでしょうか?。もちろん中には持っている人が いるかも知れませんが,持てない人が結構いるのではないでしょうか?。 そういう人達が混乱し,状況判断が出来なくなっている…状態が 来ているようにも思います。
最近の引き籠もりの暴走による家族殺害,また他の猟奇的な 犯罪…,これらをネットと結び付けるのは安易なことだというのは わかります。しかしネットが危険といいたいのではなく,新聞, TVも含め情報がこれだけ多い現代,本当にそれは人間が受け止めれる ものなのか,最近疑問に思ってます。
もっともネットにはそういう得た情報を昇華する場としての 機能があるのも理解してます。本来人間は新しいメディアを 発明し,情報が増えてもそれを議論し検証し昇華する場も 同時に作って来ました。そういう意味ではネットよりむしろ マスメディアのような一方的なメディアの方が我々に 鬱積を与えている影響は大きいのかも知れません。 ただしマスメディアよりネットの方が遥かに得られる多いし, 情報の真偽がわかりにくいのも事実です。
人間は一生のうちに脳のほとんどを使わずに死ぬと言われてますが, 本当に現在でもそうなんでしょうか?。仮にそうだとしても,その 「使わない領域」は安全領域として必要で,それを実は大分 侵食しているって事はないのか,気になります。生理的な部分だけじゃなく 論理的な部分も含めて。
- 11/28(様式化)
- 昨日の飲み会の影響で午前中は頭がはっきりせず…。というか 8時まで寝ていたのは久しぶりです。
さて,昨日の日記の最後にチョコッと書きましたが,学祭の ビデオをみて思った話を,もう一回チャンと書きます。
わたしの母校の学園祭では学園祭の最後のイベントで 「火祭り」というのがあります。まぁ学園祭の最後に キャンプファイヤーチックなことをやるのは,リリアンでも やっていたし(謎)他の学校とかでもやるんでしょうが,うちの場合は, 燃やすものとして電車の枕木を数十個組んでかなり大きいのと, 踊りを数時間…続けるというかなり気合いの入ったものになっております。
リズムがホンの二小節くらいのフレーズをひたすら繰り返すもの, 踊りも単純ですぐにおぼえられるもの,それをひたすら 続けるので,だいたい踊っていると意識が飛んできます(笑)…。
そういう元々あっち側に行ける(笑)イベント(?)だったのですが, 今回ビデオをみていてかなり宗教化してるなぁ…と 興味深くみたので…。
もともとわたしの15歳くらい上の先輩がはじめたイベントだった らしいのですが,かなり最初はシンプルだったようです。でも わたしがやっていた10年ちょっと前は,この火祭りの実行隊長が 火をつけるイベント等はやってました。そしてその実行部隊が, モヒカンをやったり顔や体に奇妙なペインティグをやるって いうのはやってはいました。でも今回のビデオ(去年の学祭)を みていると,その火をつける儀式がやたら仰々しくなっていて, しかも学祭全体を巻き込んでやってました。
結構おかしかったのが, 豚の頭の丸焼きをかじるというイベントをやっていたのですが, あれって,わたしが在校時にふとした思いつきでやったことなのですが, それが重要な儀式のように扱われていたこと。他にもあるんでしょうが, ある人の思いつきが,重要な手続きになってる事ってあるんだろうなぁ…と 実感しました。そういえば,わたしの高校の部活の後輩もわたしが 単に置いていったガクランを「何代も続いている由緒あるガクラン」とか 言ってたもんなぁ(笑)。
話をもどすとして,わたしの頃は一応学祭の締めではあるものの, 一つの企画でしかなかった火祭りが,学祭の最後の重要な イベントになっていて,開始時間も早くなり,物凄く長くやられていたのには ちょっと感慨深かったです。
というか,火をガンガン焚いて,数時間踊りまくる…というのは 普通に生活しているとなかなか体験できないわけで,年に一度くらい こういうハレの場があるのはいいんですよね。クラブやレイブで 一晩中踊る…っていうのと共通点があると思いますが,火を焚くって いうのは通常はなかなか出来ないし(当然消防署や周りの住民には 許可をとってますが),学園祭ってことで,わりとオープンな感じで, 参加しやすい。そういう意味では希少な機会なんだなぁ…とは 思いました。
仰々しい儀式でもその儀式の後に快感が来ると,結構人って やっちゃうんですよね…。そういう風に成立している風習って 結構あると思いますが,それとおなじ様なものを感じました。
- 11/27(バックグランド)
- 今日は母校(大学)の同窓会関東支部(ちなみに渾沌会という)の 四年に一度の定期総会に出てきました。3時開始で,30分ほどで 懇親会に入り,「こんなに早くやってどうするのかなぁ」と 思っていたらしっかり終電近くまで飲んでました(^^;)…。 飲みすぎましたorz…。
在校時全然話したことがない学年が上だった先輩とかなり 話し込んだ気がします。
そのほかにも何人かと話したり,当時の先生と話したりと 懐かしくもあり,今後の人脈作りにも結構有用な会だったと 思います。
まぁそれはいいとして,わたしが常日頃言っている「『音』というのは 人が聴くって事である」というのがその場で激しく同感…というか 「当たり前だよね」という感じだったのに感動。いや,長らく 違う大学から集まってきた音響研究者の人と仕事をしていると, だいたい技術系の人が多いので,「音」っていうのは「振動」だとか 「信号」だとかいうふうに捕えている場合が多いのです。 ですが,あくまでもわたしは「音」を「聴くもの」という捉え方を しており,つまるところ人間(生物)がいない世界には音が存在しない という考え方をしてるのです。
で,この考え方,職場ではちょっと特殊な意見という風に捕えられているし, それなら…ということでわたしは職場では一風変わった意見を持った人と して振る舞っているのですが,同窓会に来ると思いっ切り マジョリティだったので,ちょっと新鮮というか…。
やっぱり出目にバックグランドは影響されているのだと 実感しました。もちろん,そういう風に同じ意見を持っている 同窓生が全員現在も音に関する仕事をやってるわけじゃ ありませんが,それでもそういう考え方。デザインを 勉強するっていうのは「人がどう物事を捕えるか」って事に すごく敏感になるって事なんだなぁ…と思いました。
その他,ちょっと話が飛びますが,学園祭を撮影したビデオを みましたが,自分の代に思いつきではじめたことが,厳格な 儀式になっていたりして,ちょっとおもしろかったです。あぁ, 宗教ととってこうやって様式化されていくのね…って。
- 11/26(譲ることが友好なの?)
- ライブを見に行っていたので,帰ってきたら1時近く。 朝生やっていたので,飲みながら冒頭だけちょっとみる。 普段は寝てる時間ですので…。
例の日中首脳会談の話で,日中問題の話をやってました。 で,靖国問題とか,これから中国とうまくやっていこうとか, 中国は抗日政権だとか…,まぁそんな話…。 中国と仲よくは理解できるんですが,それが靖国参拝を辞める…って いう事につながることに疑問を持って無い人が多いようですが, わたしはわかりません。
つまりそこの番組に出ていた人の意見はおそらくほとんど, 「仲よくする」=「中国に譲る」という認識だった気がします。 だから譲るのが嫌な人は反対をしていると…。
でも相手の顔を立てるとか,譲るとか,いうのが仲よくする 事なんですかね?…。一対一の人間関係に投射すると,それって ちょっと特殊な仲よしな気がしますが:-p…。
まぁ中には「参拝を中国が納得するように説得する」という 意見もないことはなかったけど,たぶんそうできる自信がないから, あまりみんな言わないのでしょうね。でも相手を論破するとか, 納得させる…っていうのが相手に「理解して貰う」って 事だから,こっちの方が正常な友好関係の気がしますが。
別に中国と喧嘩したいわけじゃないですが,国交を譲ることでしか 出来ないという政治手法に腹が立ちました。中国の靖国に対する 反応に嫌悪感を感じている日本人って多いらしいですが,結局の ところこの相手に頭を下げるという発想しかできない 政治家にも腹が立ってるのだと思います。
- 11/25(世論は傷付きやすいものを追い詰める)
- ZAKZAKに茨城の19歳の男が両親を殺した事件の事が 載っていて,最初はこの記事の「無職」って文字の使い方(母親や 妹にはつけていて,祖父にはつけていないこと)が気になって, ZAKZAKは何が言いたいのだろう?…と思っていたら,午後になって, 同じような事件が同じく茨城で起きたのを 聞いてびっくりしてしまいました。たまたま同じような時期に 同じようなところで事件が起きたのを結び付けるのは, 安易で強引なことだとは承知してますが,直感的な 気持ち悪さを感じたので…。
間違った想像かもしれませんが書きます。この二つの事件の犯人は いわゆる「引き籠もり」とか「ニート」とか「パラサイトシングル」と ラベリングされる人達(もしくはその予備軍)の様に感じました。 ちょっと前にも引き籠もりの人が「親が死んだら自分は生きていけない」と 悲観して親を殺した事件があったように思いますが,今回の事件は 悲観というよりは感情的に…というものもあったようですが, なにか同じ心情を想像してしまいます。
19歳の男の方は親に強く言われて切れたようですし,28歳の男は 両親が自分に殺意を持っているのでは?…という強迫観念が あったようです。
つまるところ「引き籠もり」とは言いますが,彼らは引き籠もっていても 非常に強い周りからの圧力を普段感じているって事でしょう。 そしてその家族も世間から同じような圧力を感じているって事でしょう。 この圧力を感じたもの同士が周囲から隔離され一緒にいたら 事件が起きるのは結構自然な流れのような気がします。
そもそも引き籠もりになる人間は,他人とのコミュニケーションが 下手な人間ですからだいたいにおいて傷付きやすい人間です。 引き籠もりは周囲の人から逃げているのですが,逃げて安堵している わけではありません。常に家族やメディアからの圧力を 感じていると…。
乱暴な言い方をすると今回のこの事件は,引き籠もりやニートの 「行き着く先」の様に感じ,恐怖を覚えました。先に起きた「 親が死んだら生きていけない」と言った殺人犯は本来は無理心中を 計ったわけで,今回の事件も,絶望よりはヒステリックな事件だったと 思いますが,やっぱり一種の無理心中のように感じたのです。
ニートや引き籠もりが社会問題として認識され,対策に困じられて いるようですが,単純に彼らを非難していたら,危険な領域に 追い込むように思えました。やっぱりこの事も以前書いたように, 社会があるべき人間像を強烈に定義し,それから外れることに対して みんなが恐怖感を持っている…という現代の日本の集団意識自体の 方を何とかした方がいいのではないか?…とわたしは思います。
- 11/24(小ネタを少々)
- 小ネタを幾つか…。
例の楓ちゃん事件ですが…,例えばコレ。 「背景にクッションやカバー 女児の写真、 入手先捜査 (共同通信)」。
これも含めて,この事件,やたら状況説明や犯人像の説明を TVニュースがやっていて,「それ推理してみろ」って言っているようで 気持ち悪いです。
わたしが望むのは犯人の逮捕のはずです。わたしの推理は不要です。 わたしが推理するとそれは「コンテンツ」になってしまいます。 もちろん事件解決後にいろいろ理解する必要はあると思うけど…。
なんか事件が見せ物になっている様な気持ち悪さを感じます。 まぁ犯人が捕まれば,多少は納得できますが…。 我々に捜査情報を流すことで犯人逮捕や事件再発防止の 狙いがないのであれば…,なぜここまで情報を流すのか理解できません。
まぁこういうこと書くのも釣られてるって事でしょうけど…。
あと,いい話…。
「「現代の名工」150人決まる」
こういうのはいいですね。職人のステータスは上げるべきです。 若い人があこがれる職業にすべき。
このニュースとは別に,日本の服飾とか料理をブランド化して海外に 売り込む…っていう施策のニュース。これはわたしも 以前から思っていたことなので,好ましく思いました。
時事とは関係無い話ですが, 圏外からのひとことさんにケン・ウィルバーの紹介 が載っていて,大変興味深いので,この本注文しました。 ちょっと高いけど(^^;)。
しかし4000円台の本を高いと感じるようになってしまいましたが, 昔は学術書とかたコレくらいの値段当然…でしたね…。 最近は1000円から2000円台とかの本を良く読んでる気がします…。 同じようなターゲットを狙って同じような地位の人が書いてる本でも 全然値段が違うことがあって…,本の値段ってどういう風に 決めてるんだろう?…とか思ったりも…。
- 11/23(面子)
- 今日はいろんなところに行きました。新宿方面,六本木方面, 東京タワー方面…,そして目黒。いろいろみていろいろ考えて…, という感じでちょっと夜には疲れてました…というか最近 疲れやすい…。うーん,頭の使いすぎで息が切れてるだけか?…。 というかたぶん内臓が弱ってるんだろうなぁ…。ちょっと前に 2,3日禁酒したら偉く復活したので,たぶんそっちの影響だと 思います。…。だったら酒やめればいいんだけど(悩)…。
さて,ニュースを見ていて…。
小泉氏と胡錦濤氏の会談の様子をニュースでやっているのをみていて, 靖国問題ってたんに面子の問題になってるよなぁ…って気が:-p…。
中国も政府的にはもうどうでもいいんじゃないの?…。でも認めると 世論が怖いし…,で,小泉氏もべつにやんなくてもいいんだけど, 中国に言われてやめました…とは言えない…とかそんな気がしました。
どっちが辛いんでしょうね?…。中国的には反日感情が高まって オリンピック時に暴動とか起きてしまうと,結構痛いんでは ないか…という気もしますが…。
というのは,実はわたしの方の気持ちなんですよね。そういう 感覚の人って結構いると思いますが,日本人の方はもうこの話に 飽きてるのではないでしょうか?。もちろん,実際に遺族で こだわってる人も多いとは思いますが,関係無い人は,別に 参拝してもしなくてもいいけど,中国がいちいち言ってくるのに 「またかよ…」という様な感覚…。まぁでも中国って言論統制されてる というけど,結構市民の抗議とかあるときはあるし,政府内の 抗争もシビアぽいので,下手に振り上げた手を下げるわけには いかないんだろうなぁ…。
そんなことを思いました。
- 11/22(研究者に能力は必要か?)
- トラブルの元になるつもりはないので,敢えて伏せ字で書きます:-p。
○○という分析装置が発明,発売されたときに,この装置を使えば 誰でも△△の研究者になれるね…という発言を(もちろん半分冗談で 言ってるのですが)聞きました。実はほとんど同じことをわたしも 思ったことがあります。…とか書くと△△の研究者をバカにしてる ことになるので敢えて伏せてるのです(^^;)…。
さて,こういうことは時々あります。ある分析手法,そしてその装置を ある対象に適用した場合,一気に今までとは違った見え方をするため, たくさんの研究ができその論文を書けると…。そしてその装置を発明した人や その分野にその手法を初めて適用した人が称えられるのはわかりますが, 余りに膨大にその分析対象があれば,それに追従していろんな人が 比較的簡単に研究結果を出せます。
そういうのをみる時に表題の様なことを思うわけです。ここでいう 「能力」っていうのが何をさすかによるとは思いますが…。
…そう,その様々な能力が問題なわけです。ライス次期アメリカ 国務長官がIQ200だった…とかいう話を聞いたときに「IQ200って どういう頭なんだろう?」とは思いましたが,IQというのは図形の 解析能力や論理思考が高くないと高くならないので,そういう 能力が高いのかも知れません。でも機をみて決断をする…っていうのも 能力の一種で,最初に書いた様なある成果が出やすいような分野を 見つけるとか,見つけた人に追従するとか,そういうことが出来るのも 一種の能力なわけです。ある意味自分を省みて判断できる…っていうのも 成功には必要な事かもしれませんし,行動力も有効かも知れません。
何が言いたいかというと,わたしは研究所で働いているので, 頭がいい人はたくさんいるけど,大成している人はそんなにいない…。 そこで大成するかしないかを頭の良さだけでは説明できないし, そもそも頭の良さとは何ぞや?…という気がするということです。 自分がどういう能力を持っていて,どういう状況で,どう活かせば 物事がいい方に進むか?…というのはとても難しいです。 だから,他人を能力とか実績で測るときも,そして自分を測るときも, つまり,「自分はどういう能力があって,どういう風に生きれば いいのだろうか?…」と考えるときも,いろんな側面から 考えないといけないのだなぁ…と思います。
まぁ成功している人は頭が良いなぁ…と思うこと多いですけどね。 でもそれは単純に「頭の良さ」で一括りにできるもの…って わけでもないです。
- 11/21(危険視されるものとされないもの)
- 車が戻ってきました。ドアの修理ついでに車検していたのですが, どちらも無事終了:-)。
で,早速今日はM市方面の職場へ…。残業みたいなものです(T_T)。 体調がイマイチすぐれないのか…すぐ疲れます。
さて,ちょっとニュースをみていて思ったこと…。
「全裸の男が車運転、次々はねられた自転車の5人死傷」 というニュースをみて「どうも覚醒剤常習者っぽい行動だなぁ」と思った私は, 偏見入ってますか?…。
なおこういう事件が起きても「車は危険だ。 一般の人には使用禁止にしよう」という意見は出て来ません。 しかしこれがアメリカで拳銃の事件だったりすると銃規制の意見が 出たりします。もちろん車と銃は全く事情が違うのはわります。 銃は人を撃つ以外に用途がない道具なのに対し, 車はいろんな面で人間の役に立ってます。 でも「ほとんどの人はこういう事故起こさないでしょ?」 というには自動車は結構人を殺しています。
銃を持たないことになれている日本人は「銃なんて無いに越したことない」 という感覚でしょう。わたしもそうです。で も自動車がなぜ禁止されないか?…を考えるとそれと同様の考えが 銃にもあるのだろうな…と思います。
そしてもう一つ。最初に書いたようにもしこの犯人が覚醒剤を 飲んでいたら?…。酒を飲んでいるのであれば,臭いですぐわかるだろうし…, 覚醒剤でも意識がなければ血液検査でわかりそうなものだから, もしかしたらどちらでもないのかも知れません。 でも仮に覚醒剤だとすると「覚醒剤はやっぱり危険。 ダメゼッタイ」になるのに対して,酒だったら「なんてこった」程度で 「ダメゼッタイ」にはならないだろうなぁ…と想像してします。 この扱いの違いはなんなんでしょうね?…。
まぁアル中のわたしからすると酒を禁止されたら困りますけどね…。 あっアル中だからかえっていいのか(^^;)…。
ニュースついでにもう一つ…。
奈良の少女殺害のニュース,やたら捜査経過の報道がされてますが, かえって犯人が警戒を強める…とかないんですかね?。っていうか もしかして撹乱するために嘘の情報ながしてるのかなぁ…とか 思ったりも…。でもこれで捕まらなかったら,ちょっと問題じゃないですか?。
- 11/20(服選びが難しい)
- 今日は昼前に こういうイベントに行ってました。これについては別途感想を 書くつもりなので,今日はこれまで…。
で,イベントの後はライブへ…。これも別途(^^;)…。
という様な感じで一日出ていたんですが,イマイチ体調がすぐれず…。 風邪ひいたかななぁ…。っていうかこの季節服選びがイマイチ難しいです。 なんか今日も少し薄着過ぎたかなぁ…。
明日も出かけるんだよなぁ…。
- 11/19(感動させないと説得力がない)
- 来週から上司が長期不在なので,今日はそれまでに片付けておかない事で ちょっと頭がいっぱい。なんとなく落ち着かない一日でした。 思ったより早く帰れなかったし…。
あまりネタがないので,ちょっと前に思ったことなど…。
ちょっと前に会社で,坊様を呼んで法話を聞くというのがあったんですが, 非常にいい話でした。別に宗教の話をするのではなく,一般的な 「徳」の話…というか要は,自分の仕事を通じて社会に貢献しましょう… という様な話です。
まぁそのメッセージはいいとして(というか同意できるので反論は ありません)話を聞いていて思ったのは,こういう話をするときの テクニックが非常にあるな…ということです。上に書いた主旨を ポンと喋っても普通は「そりゃそうだね」と終わってしまったり, 「説教臭いこと言って」…という風に受け取られる可能性があります。 でも坊様はそういう主旨を直接語るわけじゃなく,いろんな逸話と いうか他の人の体験した出来事を話してその中からメッセージを 伝えていくのです。基本的には「いい話」で,聞いてるこっちも ホロリと来るような話です。それをたくさん並べ,その中の 共通のメッセージとして上記の主旨が伝わるわけです。
うまいなぁ…と思いました。要約してしまったらだめなわけです。 それと感動をさせないと駄目なわけです。まぁ一種の洗脳の テクニックと似ていて(笑),激しい情動を起こしたときに あるメッセージをいれると,ストンと入りますから,そういう 事なんだなぁ…と思いました:-)。
というわけで,参考になりましたが,ということはそういう 感動させるお話を普段から集めておく必要があるわけです(^^;)…。 まぁ手軽に人に自分のメッセージを納得してもらおうと 思っても駄目って事ですね:-)。
- 11/18(憲法改正案,個性と障害)
- 「自民が憲法改正素案 「自衛軍」設置、女性天皇は容認 (朝日新聞)」。っていうのにふーん,って思っていたら,改正案…国民投票 なしで改正できるようにする…って書いてるじゃないですか…。 なんでそこに朝日は突っ込まないのだろうか?…。それって,ちょっと まずくないですか?…。他の国ってどうなってるんでしょう?…。
で,他のところに関しては,改正案そのものを読んでないので 何ともいえませんが,ちょっと細かすぎる気がします。 女性天皇の話なんて皇室典範を書き換えるべきで, 憲法に書くような話なんでしょうか?…。君が代と日の丸もそう…。 改正するのに国民投票が必要なところに書くのかなぁ…。 まぁ国民が選んだ…という実績を残したいのかも知れませんが…。
それより「出版及び映像に関する規制を法律で定める」というのは 言論の自由よりも公共の利益を優先するって事で,大きな路線変更ですね。 こっちの方が気になります。でも「青少年を保護するため」 なんていう綺麗事まで憲法に書くんだろうか?…。 でも目的を書かないと乱用されるしね…。ある意味 「青少年の保護」が全てに優先するわけか…,それはそれで凄い。
個人的にはこの案で国民投票通るんだろうか?…とか思いますが…。 言論の自由と社会秩序の問題は凄く難しいけどねぇ…。
もう一つ別の話題…,ちょっとこっちはうかつに書くと 怒られるかも知れませんが…。- 昨日飲み屋でTVを見ていたらADHDの子供の話をやっていて, ADHDの子供を施設(?)に入れるような事をやってました。
当事者じゃないので,こういうことを書くと非常に怒られるかも しれませんが,ADHD…って病気なんだろうか?…と思いました。 もちろん病気と思って,それを改善できるクスリとかを飲む…と いうのはわかるけど,普通(…ってなに?)の生徒と別の学校に いかせるようなものなんだろうか?…と。個性の一つという風に 認識できないのでしょうか?…。もちろん別の学校で 別のケアをして育てるほうがいいという話があるなら, そうかも知れませんが,なんかどんどん世の中の「正常」という 範囲が狭くなってきている気がして,とても気持ち悪いです。
正常という範囲が狭くなるから「正常でなければいけない」という 強迫観念も強くなっているのではないですか?…。親が「わが子には 正常でいて欲しい」という恐怖感が強くなっているのでは ないですか?…。
もちろん,病気(障害)と診断することで,わけのわからない状態から クリアになって安心するっていうのもわかりますけどね。 だったら,それはそれで一つの性格…という風にしてしまえば いいのに…と思いました。性格のために薬飲んだりしても いいじゃないかと…。
なんかラベルを貼らないと自分と違う人間を理解できないのか?と 思ってちょっとなぁ…と思いました。
ちょっと次元が違う話で申し訳ないけど,明治以前の日本人は 整列出来なかったって聞きます。それが普通だったんですけどね。 ですからじっとしている事ができるっていうのは,我々は 訓練で出来るようになっているのですが,実は結構ストレスが 溜まることで,身につけるにはそれなりの能力がいるって事なのかも しれません。
- 11/17(オープンにするというのはストリップのような心境なのか?…)
- 「佐々木俊尚の「ITジャーナル」:インターネットが 取材を変える日」というのを読んで…。
コメントのところには「マスコミの特権階級としての意識」 みたいな話が載ってますが,それも共感できるんですが,わたしは このエントリ自体を「 圏外からのひとこと」さんで見つけたので, むしろ他のことに置き換えると,こういう事ってあるよな…と思いました。 つまり慣習の変化により今まで内側の位置づけられていたものが 外側にディスクローズされていく瞬間っていうのは, やっぱり何かしらの気持ち悪さがあるものではないでしょうか?。
もちろん「取材過程を明かさない」という今までの姿勢があまり フェアじゃない…という事はいえると思います。 しかし何がプライベートで何がパブリックかというのは 時代によって変わるし,本人の意思じゃなく慣習として伝わっているので, 業界に慣習の変化を求めるのはいいけど, 個人がそう思う気持ちをせめても仕方がない気がします。
例えば個人的な経験を書くと,わたしは会社に入って最初に 配属されたところは席がパーテーションで区切られていたところでした。 当然机の中はともかく机の上も全てプライベートな空間になります。 それが異動で職種が変わると,パーテーションはないし, 正面1mのところには同僚がいるし,という状況, 場合によっては「空いているから」という理由で私の机が 他の人に使われたりもしました。この環境,そこに行く前, つまりパーテーションに囲まれた状況で, そういう職場を見ると,とても気持ち悪かったわけです。 ですが人間は不思議なもので実際に行けば慣れますし, 慣れたらそういう状況でも困らないように,机の上を作って行きました。
個人の机と,取材手法を比べるのもどうかという話もある かもしれませんが,内面が外側に変わるときというのは, 内面である状態では気持ち悪いと思うものでしょう。 一旦公開しちゃえばその感覚は綺麗になくなるものだと思います。 そういう意味では佐々木氏はそういうやり方をやる上での 感覚的抵抗はなくなるだろうし, まだやってない人には抵抗はあるでしょう。 ただし,まぁ個人的には取材過程がオープンになるという風潮が 広まってくれることを望みます。 そういう空気を我々も声を出して求めるべきでしょう。
ところで,話がそれますが,プライベートな空間をオープンに することの抵抗は「恥じらい」という意味では重要な気がします。 少なくともコンビニの駐車場の地面に座って喋っている女子高生とか 電車の中で化粧する人とかそういうのを見てると,彼女らは 乗り越えてしまって,もう戻れないのだなぁ…とも:-p…。
- 11/16(身体的確信)
- 退かれるかも知れない事を覚悟して書くと奥田会長が「経済的効果がある」なんて評するのは 不敬だと思います。まぁ発言の前後がわからないので,なんとも いえないのですが…。自分が結婚するときに「経済的効果があるので めでたい」とかいわれたら嬉しいかね?…。つくづく「お金」しか 物差しにできないのか?,この手の人は…とか思いましたよ…。
ところでTVニュースを観ていたら野球の話をやっていたので…。
まぁ現在の野球界はボロボロですなぁ…。どうなるんでしょ?。 こういう状況に当の選手たちはどう思っているのか?,っていうのを TVは取材するわけですが,結構多いのが「やれることをやるだけです」って いう発言。思考停止している様にも見えますが,潔いようにも 見えます。まぁでもふと,「彼らは身体を使っているからでは?」とも 思いました。
というのは,あまり体を動かさずに頭脳労働をしている人っていうのは 結構脳内の妄想が膨らみがちなのです。なので出来ることも出来ないことも 含めていろいろと妄想してみて,勝手に想いが暴走することも よくあります。まぁ自分の実感ですが(笑)…。
というわけで,実はあっち(身体派)の方が健全なのかな…と 思うことも。まぁいろいろ考えてもしょうがない部分もあるしね。
ところでホークスがY!に買われて,わたしのプロ野球熱は死んでしまったの ですが(T_T)…,いずれにせよ日本のプロ野球はどうなるんでしょうね?…って 状態。選手の年俸を落して経済化するっていう手は,大リーグと いう頂点がある以上結構難しい気がします。なので,やっぱり ファンを増やす施策が必要なんでしょうね。大リーグの方が ファンサービス多いみたいだし日本の野球界も考えをあらためる べきなんでしょう。
野球に限らず日本の経営者はお金を取れるところからすぐにとろうという 発想が多すぎて,ファンや支持者を増やすって事をあまりやろうとしない 傾向をいつも感じるので,その辺の意識改革が必要かと思います。 結局短絡的功利主義なんだよなぁ。功利主義なら長期的に考えないと…。
- 11/15(ブログの利用規約,アイデンティティ)
- 車が壊れました(T_T)…。というかドアが外から開きません…。 助手席側から開けて入らないといけない状態…。昨日ドアノブ引いたとき, 「パキっ」って言ったんですよねぇ(^^;)…。まぁ車検期間に入ったので, そうそうにディーラに持ってくつもりですが…。
別の話…。
livedoorBlogが利用規約を改訂したとのことで, あちこち話題に…。 とはいえハリーさんもおっしゃってるように最初から そういう規約のBlogも多くて,こういう規約がないから…という 理由でlivedoorを使っていた人以外は騒ぐのも変だよな…と。
ところでこういう話題をさっさと載せる/.jpは今回は沈黙…というか 先週から更新されてないけどなにかあったのかしら?…。
で,わたしの意見は,「いいんじゃないの?」って感じ。別に自分の 文章をかってに再利用されても,著作権がこちらに残っていて, 「これはわたしの文章だ」と主張できるなら,とりあえずは問題を 感じません。かってに削除されると悲しいけど,他のところに アップするんだろなぁ…。まぁでもローカルに残ってない 文章もあるか…。
あっ,何のことかわかりにくいでしょうけど,わたしはこのサイト以外に 文章をアップしてるblogがあるので(^^;)…。
作家とか文章書いて食べてる人はたまんない…という気持ちはわかりますが, わたしは自分がネットにあげている文章を自ら利用してお金に変えようとは 現状では思ってないので,かってに利用して,わたしを宣伝してくれるなら, それはそれでオーケーということで:-p。
…とあまり話が続かないので,もう一つ別の話を…。
TVタックルを見ていたら韓流の話から在日の話とかに…。
この手の問題は不用意に発言すると痛い目を見るので突っ込むのは 辞めておきますが(^^;)…,なんか見てて悲しくなりました。自分の 中に結論があって,それをいっさい崩さず相手が認めるように 強要するのは議論じゃないよなぁ…。反感より不幸だなぁ…と 思っちゃいました。誰が…っていう話は置いておいて(^^;)…。
わたしは「日本人」ということに対してあまりアイデンティティを 主張しないので(とかいうと「嘘つけ」とか言われそうだなぁ^^;), 国家とか民族とかで強力に自我を感じている人を見ると,ちょっと びっくり。まぁ人間って社会システムの中で自我を確認するっていうのは 正常だとは思うんですが,自分がそうでもないので,なんか すごいなぁ…と思ったのでした。ついでに書くと周囲と 戦うことで自我を確認する人っていうのも結構いるのね…と 思ったりも:-p。
- 11/14(幸せ)
- 今日も昨日と同じような過ごし方をしてしまいました。 夕方近くまで自宅で雑用していて,夕方横浜へ出かけて, 買い物と晩飯…。まぁ別に横浜にいかなくてはいけない…って わけじゃないのですが,自宅は狭くて暗くてあまり 落ち着かないので,どこか出かけたいと…。暇といえば暇だったんですが, 土日続けて予定がない週末は今日を逃すとしばらくないので, やらなくてはいけないことをやっておくべきだったとちょっと後悔…, っていっても仕事絡みだったりするので,平日にやっても いいんですけどね…。
という今日の行動はいいとして…。
最近いろいろと「幸せ」について考えている気がします。…と 言っても自分の幸せというわけじゃなく,一般的な幸せ。 社会がどうも暗いので,人が幸せを感じるにはどうしたら いいんだろう…と結構まじめに考えていて,こういうの 思い詰めると宗教でも興しそうで怖いです(笑)…。
まぁ「どうやったら幸せになるのだろう?」という疑問に関して, 「人が幸せを感じるメカニズム」を生理的,精神的,思想的,社会的に 解こうとする辺りが,どうもわたし的だなぁ…と思います。
ちなみに自分が幸せになりたいわけではありません。自分は 現状そこそこ幸せな気がしてますので…。ですが,自分がどんなに 幸せであっても人を幸せにすることは難しいわけで,その辺を メカニズムを考えることによって,なんとかならんかなぁ…とか 思ったりもしてます。まぁこういうことを考えてると自分は 幸せ感じるんですが(^^;)…。
今日アップした分もその辺を考える途中で出てきた話。 今別の本も読んでいて,いわゆるプチ哲学なんでしょうけど, 最近そういう本が増えてるので,買って読んで見たりしてます。 ちょっと違いますが,今日のNHKスペシャルは猿人から人間への 進化の話で,その辺からもいろいろ思ったりと…。
私自身の経験では,不幸から幸せへ転換するには,自分の 周囲の状況を変えるよりは自分を変えるほうが効果的ですが, まぁその手段としてある程度周囲の状況をいじる必要が ある場合もあります。いずれにせよ価値観の転換には ショックが必要だから,理屈で幸せになるココロの持ち方を 説明してもなかなかなれないんですよねぇ…。等と思ったりも。 難しい。
まぁ考えがある程度進むたびに例によって日記とか一人言とか そういうところに書いていこうかとは思ってますが…。
- 11/13(漢文)
- 今日は今週の不在でたまっていたビデオの消化をした後, なんとなくボーッとしていて,夕方横浜へ出かけて買い物と 晩飯。
「ダーリンは外国人」という本の2巻を買って読みました。 これおもしろいです。売れてるようですから知ってる方多いでしょうが。
で,その最後の読者のQ&Aのところを読むと, 「なんで日本人は漢文を勉強するのか」という疑問を持っている 外国の方が疑問に思っているようですが,わたしもそう言えば…と 思いました(^^;)。
漢文は現在の中国語でもないので,別に漢文が読めたからと言って 中国語が読めるわけではありません。古文は過去の日本の文献を 読むって事です。漢文も過去の漢詩とかを題材に使うことが ありますが,母国の古文はわかるとして,なぜ他国の古文を 読む必要があるのでしょう?…。
これは一般には忘れられている様な気がしますが,明治以前 国の公文書はたしか漢文で書かれていたはずです。いつから 和文(というか漢字かな混じり文)になったのかは知りませんが, 昔は役人になるには漢文をおぼえる必要があったし武士とか公家は たしなみとして勉強していたのでしょう。そういう 意味でいえば明治になっても過去の文献をあたろうとしたら 漢文になるわけで,それで現在のカリキュラムに漢文がはいってるのかも しれません。
しかしなぁー,と一方で思います。学校で習う漢文はあくまでも 漢文というものがあって,日本語とは異なる順番で読むと 意味が理解できる…という程度にしか学習されません。今後 自分で勉強する際のとりかかりにはなるとしても,それ以上には ならないわけで,そのあと漢文を読まない人にはあまり 役に立たない様な気もします。
もっとも高校までの勉強は,頭の体操的な要素が結構あるので, そういう意味で(どの言語でもいいけど)漢文があるのかも 知れません:-p。
うーん,別に深い意味はないのですが,そういえばそうだなぁ…と いう感じで思ったのでした。
- 11/12(今の若者がツライわけは?…)
- 今日は夕方,六本木へ。ちょっと1月末にイベントで見せ物に なるんですが,その会場の下見でした。あまり深いこと考えずに 高い駐車場にいれたら,そのあと食事したりして結構長い時間 いたので駐車場高くついた(^^;)…。
- さて,新聞より…。
ココロはニートっていう人が増えているらしい。
なかなか難しい。「金貰ってるんだから嫌な仕事するの当たり前じゃん, あまえんな」ということも可能だけど,でも引き籠もりたい人の気持ちも わからないでもないです。
わたしの場合,仕事には嫌な部分と楽しい部分と両方あって, 楽しい部分があるから嫌な部分も我慢できる…とい感じ。 それでお金も貰えてるから幸せ…と思っております。いや, 辛いことあるんですけどね(^^;)…。楽しい部分が全くない人も いるかも知れないし,お金も満足に貰えない人もいるんでしょう。
ニートや引き籠もり,パラサイトシングルとかの事を想像するには, 単にその現象だけじゃダメな気がします。もっと上の世代がなぜそうならず, なぜ現代に増えてきているのか?。若者が仕事に対しての我慢が 出来なくなったり,人間関係をうまく作れなくなったり, もの(仕事)を覚える能力が下がっているのであれば, 教育の問題かも知れないし, 子供の頃から周りにあった情報のせいかも知れません。
今の若い世代は子供の頃から,あまり大人と差異のない情報を 得ていたような気がします。権利とか自由とかそういうものを 早くから覚えてしまって,若いころは理不尽な思いをすることを 知らずに育っていることだってあるかもしれません。 学校の先生も体罰がやりにくい時代だから, 「我慢」を勉強することが出来なかったのかも知れません。
また,上の世代が若いときと現代では社会状況が違うというのも あるかも知れない。昔は「未来はよくなる」というような幻想がありました。 インフレが進むとか公害がひどくなる…という様な予想はあったけど, インフレが進むとはいえ金額面での収入は増えていったので, 一見贅沢できるようになったような気がしていました。都市は開発され, 新しい技術が生まれ,便利になるという様な幻想がありました。 しかし今は温暖化とかいうし,経済は低迷しているし, デフレだし…という感じでどうも右肩下がりに感じてしまいます。 そういう停滞感があるわりには世の中は「成功」を囃し立て落後者には 冷たい風潮があります。一部の成功者にスポット浴びせ, それ以外は無かったことにしてしまうと,そうなれない人達は 「オレたちはいたらダメな人達なのか?」と思うのではないでしょうか?…。
結構そういうことを考えると若い人達はその素質の面でおいても, おかれている状況という点においてもツライ状況なわけです。 素質が悪いのは本人のせいというよりはその前の世代のせいと いえないでしょうか?…。
しかし,ニートのような人が増えるのは,そういうツライ状況でありながら, 働かなくても実は生きていける…という不思議な日本の状況が原因でしょう。 日本よりツライ状況の国は世界にはたくさんあります。だけど, 働かないと食べられない国の人は(それが犯罪であったとしても)働きます。
結局のところニートのような人はしばらく増えると思います。 ニートが減るとしたら,世代が変わって違う教育を受けた人達が 大人になるときか,ニートを支えている上の世代が破綻するときか そういう時のような気がします。少なくと現在教育方針が 変わったという話もないし,価値観の転換もないので, 世代交代で変わることはしばらくは期待できないでしょう…。 でも上の世代が破綻するのはあり得ます。その時, そういうニートな世代がどうなるかは, 無責任ながら興味があったりします。
- もう一つ余談ですが…。
ちょっと民主党,駄目すぎ…。
- 11/11(中国経済は脅威なのか?)
- わたしはみていないのですが, 「古舘伊知郎が石原都知事相手に馬鹿丸出し」 というのが話題になっていました。 要は報道ステーションで古舘氏が石原知事にいろいろ突っ込む姿が 余りにも情けなかったという話です。
ちなみに古舘氏はそんなに嫌いじゃなかったのですが, 報道ステーションが始まって,あまりのつまらなさにみてられなくなり, 平日の夜10時はテレビ朝日はみなくなりました…。 なのでこの日の番組も見てません:-p。
で,石原氏はああいう人なので,気持ちはわかる部分と, 言い方がまずいよなぁと思う部分と,そりゃちょっと危ないんじゃないの?… という部分があって,支持するかしないかは悩むところですが, TVでのやり取りを文字化しているのを読んでいて (まぁこれが話題があちこちに飛んでいて, 非常に番組としてはまとまりのないものなんですが), 本論と違う部分で一つだけ気になったことを…。
石原氏が中国を「経済の中流」と言っている点です。 この前後で言われているのは,まぁおおむねわたしの印象と合います。 しかし,かっての日本も西洋の製品をコピーして安くつくって 売っていて伸びたような部分があるので, 本当に中国が現在の日本のようにならないのか?…という疑問があるのです。 もちろんここで言われているように現在の中国は自国の技術力を延ばすよりは, 人件費の安さを使ってやすい製品をつくることに一生懸命… という風に聞きます。 なんと人件費を抑えるためにスキルがついた工員を切っているというような 話すら聞きます。もしそうであれば,日本は安泰でしょう。 値段の中国になっても品質の日本で売っていくことが出来るからです。
しかし一方で「品質の日本」であるにしては日本には 世界に通用するブランド力が不足しているのが気になります。 これについては以前書いたのですが, ヨーロッパにあるようなブランド力のあるものが, 品質が優れているといわれている割には日本には少ないように思います。 今朝ラジオで「日本人は非常に品質にうるさい」 と日本向けに製品を輸出している西洋人(正確には豪人)が言ってるのを 聞きましたが,日本人は消費者として品質にこだわるゆえに, 日本が作り出す製品も高品質なものが多いということなんでしょう。
もっともでは中国製品は?…と思った場合, 現在中国の製品でブランドが想像できるものはほとんどありません。 タイガーバームとか(^^;)…。中国特産の中国茶とかくらいか…。
まぁ特産品はともかく家電や自動車などでは今のところは 中国ブランドは聞きません。そういう意味では日本はまだアドバンテージが あるし,日本はそういう方向(高品質を売りにしてブランド戦略をかける) に進むべきだとわたしは思ってます。
しかしこういうことはそのうち中国も目指しだすような気がします。 そう考えるとやはり技術やノウハウが流出しないようにするのは大事だし, やっぱり何度もいうように日本の文化輸出とブランド確立を 早急にやる必要性を感じます。
- 11/10(便秘)
- 好きな球団のオーナーに嫌いな企業がなった場合,一体どうすれば いいんでしょうか?…。トホホ。
そういえば,昨日囃したてた学生は,ちょっと特殊能力を 感じました。わたしが動揺しているのを見抜く人って結構 稀なんですが…。そういう能力に長けてる人なのだろうか?…。
…というわけで,本日は福岡のホテルで起床し,直で空港へ…。 7時代前半の飛行機で羽田へ戻りそのまま横須賀へ出社。だいたい10時半くらい につきました。3時間か…通勤圏内だなぁ(笑)…。
前日は逆のことをやったんですが,朝は登りの方が混んでるんですね。 やっぱり通勤してるのか?(^^;)…。
で,夜自宅に帰り体重計に乗ったら二キロ程増えてました(^^;)…。 といっても福岡で食べたもつ鍋とラーメンが(多少は食べすぎたけど) 主な原因と言うわけではなく…,おそらく…,汚い話で 申し訳ありませんが,この二日間の外泊中,便秘になっていたから だと思われます。なので脂肪が増えているというより,単純に 腸にものが溜ってるんじゃないですかね?…。まぁあと数日して 通常のペースに戻ればわかると思いますが…。
便秘だったのは,二日とも早朝便に乗るために,起きてそのまま 電車に乗って飛行機に乗る前に慌てて食事して…という ペースだったから。通常は朝起きて朝食とって会社に行くまで 2時間以上かけているので,消化系が動き出して…というじっくりした 時間があるのでした。まぁ昼間も移動していたり綺麗なトイレがなかったり とか思っていたら不思議と便意出ませんでした。
旅行で一番かかりやすい病気は便秘といいますが,まぁ病気とまでは 行きませんでしたが,多少そういう感じになったということで…。
で,帰ってきたので通常ペースに戻したいと思います…。 とはいっても明日の夜も飲み会なんだよなぁ。
- 11/9(福岡にて)
- 今日は朝ホテルをでて飛行機で福岡へ。なんかいつもと コースが違っていた気がするんですが,まぁ無事到着。
午前中ブラブラして,午後からまぁいろいろやった後, 夜は学生さんと飲み会。
ゼミの学生が,私と他の研究生の女性をくっつけようとか, なんかいろいろ囃し立てて…。あいにく当事者である私も相手も 冷ややかなんだけど,まぁたしかに一緒に飲みにいったことあるけど…, 「一回くらい飲みにいったくらいで そういうきもちいなるわけないじゃん」っていうのは おじさん的発想なんだろうか?…。
でも年取ると恋愛感情以外での異性とおともだち状態で付き合うのが 心地好い…っていうか実際あるのです。 異性をみただけで いきなり恋愛…っていう感じにならないというだけなんですけどね…。
などと思いつつはしゃぐ学生をみてほほえましたかったりもするんですが…。
- 11/8(空港の近所に泊まる)
- 今夜は都内で夜まで仕事…。明日は福岡へ…ってことで 今夜は蒲田でホテル泊。明日は朝7時台の飛行機に乗るってことで, 起きれるか緊張です:-)。
ちなみに明後日もこちら(関東)には朝7時台の飛行機ってことで 起きるのは6時前…。だいじょうぶかな?…。
というわけで,普段平気で5時頃起きてる人間ですが, いざ飛行機とか絡むと緊張するのでした(^^;)。
- 11/7(オカマと才能)
- 昨日新宿3丁目とか2丁目とか歩いて,ちょっとアダルトショップに 入ってみたりとかしました…いやはや(^^;)…。あの辺, ホモとかオカマとかが多いと聞きますが,嘘か本当かはしりません。 お店にはその手の商品がたくさんありましたが…。
さすがにわたしはまだその世界には縁がない…というか 縁をつくるつもりはないのですが,以前からちょっと疑問に 思ってることなどを。
TVとかを見ているとちょっとホモぽい人とか良くみます。 知り合いにもそれっぽい人がいるんですが,芸術関係の 仕事とかやっていたりします。で思うのは,ホモの人には 才能(特に芸術系?)が多い人が多い気がするんですが, 気のせいですか?…ってことです。もちろんホモといっても 性同一性障害の方もいれば,単なる男色の人もいて,一括りには 出来ないかと思いますが…。
これには二つ解釈が出来て一つは「ホモの人は才能がある」ということ, もう一つは「才能がある人はホモになりやすい」ということ。 なんとなく後者の気がしてしまうんですが…,気のせいでしょうか?…。
というのは,感受性が豊かだったり,または不安定だったひとが 「ホモ」という腑の落しどころを見つけてしまった…という ことじゃないかとか思ったりします。感受性が豊かな人は 若いころにいろいろ感じるところがあったり,それでいろいろ 考えてココロが不安定になることがあると思います。人間は わけのわからない不安を感じると,それに意味付けをしたくなります。 なんとなく「自分はどうかしたのか?…。自分はどうも周りとは 違うらしい…」とかいう漠然とした不安が頭中に溢れたときに, そこに「君の性は本来のものじゃない」という教えを聞いたら 「それだ!」と思うとか…そういうことはないでしょうか?…。
まったくの想像なので,違っていたら御免ない(_o_)…。
…ということは別にホモにかぎっておきるわけじゃない事に なります。最近鬱病予備軍とか統合失調症予備軍の子供が増えている って話を聞きますが,これもいわゆる青少年期の精神の 不安定さをそういう病名で呼ぶことで腑に落してしまってる 部分もあるような気がします。いや,本当に鬱病とかに なる人には,的違いで申し訳ないんですが…。
つまりいずれにせよ概念の方が病気(ホモは病気じゃないですが)を 産み出している…という事です。精神疾患予備軍の子供が 増えている…っていうのは感受性が豊かな子供が増えている…というよりは 概念の増加や社会の先行感のなさが現代社会を漂っているって 事の方が主な原因の気がしますが,いずれにせよ昔だったら 「若いころはそんなことあるよ…」で片付けられていたのが, 病気と認識されてしまっている部分もある気がします。 ついでに書くと昔だったら,そういう精神の不安定さが 弾けるとそういう病気とかじゃなくて「狐憑き」とかに なっていた人も多いかと思いますが…。
ちょっと話がそれてしまいましたが,精神疾患や同一性障害が 概念から生まれているのではないか?…という疑問をもったという お話でした…。
- 11/6(新宿へ出かける,はてなのはなし)
- 今日は久しぶりに初台のTOC(…って書き方一般には通じないことを 知ってちょっとショック…)の中にある ICCに 行ってきました。目的は明和電機の作品を観に…。
なんかICCに行くのってすごく久しぶりです。5年以上 行ってないのじゃないかなぁ。 以前はすごく好きで良く行っていたんですが…。
最近ちょっと新しいことを考えないと…と思っているのですが, いろんな人と会って話したり,いろんなものを見ないといけないな…と 思ってそれで出かけたっていうのもあります。そう言えば最近 あまりそういうの行ってなかったなぁ…と。
そのあと新宿を彷徨く…。ディスクユニオンに行ったのですが, やっぱり新宿の方がいろいろありますね。渋谷までは良く行くんですが, 新宿まで足を延ばしたのは久しぶりで,行くとそれなりに 実りあるなぁと実感したのでした。
もう一つ全然別の話を…。
わたしははてなの ユーザでダイアリやアンテナを使ってるんですが,はてなが 急に住所登録を求めるようになって,ユーザが怒って騒いでいるようです。
実はわたしはそこまで怒ってません。「住所登録するかなぁ,どうしよう」って 感じはありますが。
はてなが個人情報を集めてビジネスに利用するのでは?…とまで 言っている人がいますが,そうでしょうか?…。わたしの最近の 感覚では,企業の方はだんだん個人情報を集めることにリスクを 感じるようになっているので,そんなに安易にするとはおもえず, やっぱりはてなが説明しているように,サイト上で犯罪行為を やったときにはてな自身が訴えられないための措置の気がします。 でもだとすれば他のブログサイトも同様の事をする事になるんでしょうね。
まぁ今回ははてなは手際が悪かったのですが,わたしははてな 一つに住所が知られたからと言って危険性が変わるかいな?…という 想いがあって,今は個人情報が漏れる…という事を怖れるより, 漏れてることを前提にいろいろ警戒する…って事の方を 一生懸命考えた方がいいように思います。
- 11/5(利便性と音質)
- 「音楽配信メモ」さんの「なかなかの名言だと思う 『利便性と音質の戦いなんて、 1955年に勝負がついてる』」という言葉。 わたしもなかなかの名言だと思います。
この辺の話,わたしも音楽配信とか圧縮とかメモリープレーヤが 出回りはじめた5年くらい前に,ちょっと関わっていた関係で いろいろ考えました。当時はメモリープレーヤもメモリが 数十〜百ちょっとMBしかなく,アルバムが一枚も入らない状態だったので, CDやMDに比べて利便性が低いということで普及しませんでした。 その辺の事を,LPからCDへの変化,カセットからMDへの変化等から考えました。 メディアの大きな乗り換えは「音質」よりも「機能」や「利便性」 という実感はあります。 よくよく考えるとLPじゃなくてSPからLPへの変換もそうだったのですね…。
ただ,音質が全然求められてないわけじゃなく, LPの時代はLPというフォーマットの中で, カセットの時代はカセットというフォーマットの中で音質の改善は試みられ, ある程度は市場にも受け入れられていたとわたしは思ってます。 カセットテープを選んで買う音楽ファンはそれなりにいましたから。 そういう意味じゃCDとMDになった時に, 投資と音質のリンクが切れてしまった…ということが 一つは大きな失敗だったのではないでしょうか?。 あれで通常の音楽ファンはお金をかけるといいとになる …という感覚を消失しました。そうなると残りは利便性や機能だけですね。
あと音質と購買意欲が全く無関係かというと, そうではなく携帯電話でCDMA1やJ-Phoneが 当時のDoCoMoの携帯より音質がいいということで乗り換えたユーザが いたことから,ある程度の音質が維持されないと, そこから下は品質の問題になるのだと思います。
元の2chのスレッドを読んでないので, どういう話の流れなのかは判断しかねますが, たしかに音質がいいだけで売れるとか乗り換えるというのはないにしても, 同じ苦労で同じ費用で音質の良し悪しが選べるのであれば, いい方を使うというユーザはそれなりにいるかも知れません。 DVDやSACDがCDと同じサイズなのは,プレーヤを共有できるようになので, そのうち全てのプレーヤでどのフォーマットも 再生できるようになるかも知れないし, 録音の方もコーデックが複数実装されれば 同じ労力で選択できるかも知れません(といってもそうならないのが, メーカの囲い込み戦略だったりするのですが:-p)。 そういう意味じゃメーカが買い換え需要を期待してフォーマットを 変えるっていうのはあまり意味がなく, 気が付いたらいろんなフォーマットが出ていた …っていう風にコレからは変わっていくのかな?…。
あと個人的には,上にも書いた通りディジタル化が ユーザの手から音質の問題を切り放したのが, 音楽ファンが音質に無頓着になってしまった原因だとおもってるので, 昨今のPCとかで音楽を再生する連中が,一生懸命コーデックを選んだり サウンドボードを選んだりしている姿は 多少嬉しかったりします。 とはいってもアナログの高級オーディオのレベルじゃないのは トホホですけど…。
結局趣味には「手にいれた感」っていうのが大事なんですよね。
- 11/4(宗主国)
- 昨日の日記の「2時過ぎに仮眠」は昼の2時です。わかりにくい かもしれませんが…。
昨日のTVでのアメリカ大統領選の放送ぶりは,「やっぱり アメリカは日本の宗主国なのね」と実感せずにはいられず, 脱力してしまうのでした。まぁ現実だけどさ…。
それにしてもケリーが「敗北宣言」してブッシュが「勝利宣言」するって いうのを聞いて驚き…。つまり相手が敗北宣言せずに裁判に 持ち込むという可能性もあるわけね…。選挙ってそういう相手が 「参った」とか言う言わないに関わらず結果が決まるものじゃないのか… と驚きました。実際内容を聞くと,役人が投票妨害とか やっていて,「どこが民主主義かよ」と思うような話が 漏れ聞えてくることから感ずるに,日本は結構民主主義の 国なのだな…と(笑)。組織票とかお金のバラマキとかは日本でも やってますが,全然クリーンなのだなぁ…と思いました。 どっちが世界の標準なんでしょう?…。。 日本はすぐ「アメリカでは…」とかいうから,ああいう部分も 真似ちゃうんですかねぇ…:-p。
上記敗北宣言等から感じたのは,結局今回はケリーが弱かった…って 事なのかなと…。もちろんブッシュ陣営の工作もうまかったのかも しれませんが,早々に手打ちをしてしまったケリーを見てがっかりです。
しょうがないのでこれで日本は4年間は宗主国に尻尾を振って, その間に国際的な地位を高くして,4年後に喧嘩してもいいくらい 地均しをしておいて欲しいです。単に尻尾振るだけじゃダメですよ。 味方と思わせておいて,油断させるのが肝要かと…。
それにしてもブッシュ再選で,ますます世界は物騒になるんですなぁ…。 あぁーぁ…という感じ。アメリカが一人で孤立転落していくのは 全然構わないのですが,こっちまで巻き込まれそうだし,そもそも あちこち物騒な感じになりそうです…。こまったもんです。
…,と,ここまで書いていてここ数日の日記って暗いか重いな…。 いやいつもそうかも知れないけど(^^;)…。もう少し「へぇ〜」な 話でも書ければいいんですが…。
- 11/3(休み,ブログに「慎重さ」は必要か?)
- 今日はお休みでしたが…,あまり何もせず…。TVは宗主国の 選挙の話ばかりやっていて,やっぱり植民地だったか,と実感。
TVとパソコンでストリーム再生とやりながらマンガ読んでいたら, 頭が暴走しそうになりました(笑)…。なんか同時にこなせること 減ってきたよなぁ…。というか一方の情報を聞きつつ遮断するっていうのが 出来なくなってきているのかしら?…。
2時過ぎにどうも眠くてたまらなくなったので,1時間ほど仮眠。仮眠と 言ってもずっとTVの音を聞いていた気がするので半分瞑想ぐらいの 深さか?…。起きた後,英語のレターを読んだりしてました。 英語の文章って最初読みはじめるとわかんないんだけど,ある程度 読み進むと急に意味が頭に入ってくるようになって,この 切り替わる瞬間が快感だったりします。今回もそれあったなぁ…。
夜はホルモン食べに行って,早めに寝ました…。なんか「休んだ」 一日だったなぁ…。
折角なので,わたしの一日…以外のネタも(笑)。
人気のあるブログサイトがマスコミを批判したら,反論されたって話。
本来はその戦ってる二つのサイトをあげるべきですが, 両方に突っ込んでいる(?)「マスコミ批判にマスコミ人が反論」を 読んでいただいた方がわかりやすいですかね…。
人気がある…というか多くの人が読んでいるブログを 「パワーブログ」っていう言い方をするっていうのは知りませんでしたが, 「パワーブログ」に対して「慎重になるべきだ」という意見は, 一見当然の様ですが,わたしはそんなこと思ったこともなかったので びっくりしました。
ブログなんて言うものは,人気があろうがなかろうが, 中の人が有名人だろうがそうでなかろうが, 同じ態度で書けばいいと思っているので, パワーブログがゆえの責任があるなんて考えたことありませんでした。
そもそもネットなんていうのは信憑性があるかないかなんていい加減なもので, それを信じるか信じないかは読む方にも責任があります。ですから, ブログであれば単体のエントリーだけを読むのではなく, それまで書かれてきている他のエントリーを読んだり, 参照先を読んだりして, 当該のエントリーの信憑性を判断すればいいと思ってます。
わたしはマスコミに関しては,かなりきつい意見を持ってますが, 大手のブログがマスコミ並に慎重にあるべきとはあまり思ってません (「いやマスコミなんて慎重じゃないじゃん」 っていう意見はとりあえずおいておいて^^;)。 というのはブログにはコメント欄やトラックバックがあるので, 当該ページから,それに対する意見を読むことができます。 Webのサイトでも掲示板がある様なところでは,掲示板で議論ができます。 それにたいしてたいていのマスコミは情報が一方通行で, 受け取った人が瞬時に,その信憑性を調べることが出来ません。 そこがマスコミとブログの決定的な違いなため, それゆえにマスコミよりもブログの方が自由に発言しても いいように思います。
…というかそういう反証が可能な仕組みになっているのであれば, ある程度自由さがあってもいいと思うのです。
……というわけで,ネットでもコメント欄や掲示板がないサイトは, わたしはあんまり好きではありません。 …っって木村剛氏のブログはコメント欄ないですね(^^;)…, まぁトラックバックは効いているようなので,反証は可能ですが。
- 11/2(自殺)
- 「 イラクで拘束された香田証生くんを非難する日本人の心の貧しさ」 というテキスト…。
ここに書かれている詳細には幾分疑問を感じるものの,「日本には 社会から外れた人間を徹底的に攻撃するシステムがある」というのは わたしも再三書いている話で,同意です。
わたしは日本人に自殺が多いのは理由として大きく二つあると考えていて, 一つが上記のように,負けに厳しいということ。そしてもう一つは これもいつも書いているけど,「死のイメージが希薄」ということです。 他にも「欝」という概念のが異常に広がっていることとか, まぁ幾つかあるんですが,「死のイメージが希薄」というのは 死が苦しみや悲しみの延長上にないとということです。だいたい現在の 日本人が持ってる死のイメージってなんなんでしょう?。 死ぬときにどういう目に遭うと思ってるんでしょう?。眠っていたら 知らない間に死んでるとか思ってる人が自殺するんじゃないですか?。
飢えや戦争がおきているところの人が持っている死のイメージは あくまでも苦痛の延長の気がします。お腹が減って苦しくなって死んだり, 銃や刃物で身体を怪我した後に死んだり…とかそういうのを 日常的にみていれば,死ぬときは相当苦しい…というイメージが できあがります。そういう人が簡単に死にたいと思うでしょうか?。
そういう意味で言うと実は戦場を見に行くのは死のイメージを より現実的にするという効果はあります。他の人に迷惑を かけることを除けば…。
なので,本当はこういう極限状態にいくのは,「日本に身の置き場が なくていく」…という効果と別に,死と生のイメージを塗り替えるという 効果もあるんですが…。まぁリスクが多いというか迷惑かける 方法であるので,お薦めしません:-p。
話がそれますが,「授業で自分の血を使わせる事で謝罪」とかいう 話を見ても,死以外にも「血」まで遠ざけようとするのか?…, この国の教育は…とか思いますが…(余談ですが,指を針じゃなくて, 器具を使って耳たぶとかの方がいいって話を聞いて,それには なるほどとか思いましたが)…。
いずれにせよ,日本は自殺が多いとか交通事故死多いという割には, 目の前で人が死んでいくのをめったに見れません。この辺の 死の隠蔽も結局自殺を増やしている要因な気がします。 身体感の欠落というか…。
- 11/1(敗者への優しさ)
- これをみていた思った。
2ch(だけじゃないけど,ネット上のあるところ) って,敗者というか負け犬というか,まぁ一種諦めた人に対して 優しさがあるような気がする。 悪い言い方をすると傷を舐めあっているとか いえるんだけど,現在のメインの情報(TVとか雑誌)とかが,いわゆる 勝ち組だけを取り上げて,日本中がそうならなくてはいけないという プレッシャーに溢れている状態を鑑みると,まぁこういうのも いいかなぁ…とか思う。
もちろん,SN比が悪いといわれる2chだから,弱いものイジメを する人もたくさんいるんでしょうが,メインのメディアが基本的に 強者賛美,弱いものイジメなので,両方があるネットの方は 優しく感じてしまう。
でも一方で,こういうコンテンツがあるところをどれだけの人が 巡回しているのだろう?…とか思いもする。ネット上には,逃げ込む場所が あるのかも知れないけど,世の中の大半の人達はそういう情報をしらず, 主要メディアが流す「こうあるべきだ」という虚像に縛られているの かも知れない。
話が変わるが,町山智浩氏のブログによると,アメリカ成人の 25%が自分の名前程度しか読み書きができず,従ってネットどころか 新聞も読めず,ただTVの情報だけを信じる。従って未だにイラク戦争を 9.11の報復だと信じているそうだ…。
日本でも最近ネットが主要メディアの報道を否定し,その結果 主要メディアが態度を変えるという現象が起きている気がするが, 一体どれだけの人が,そういうことが起きていることを 知っているのだろうか?。日本人の成人で文盲の人はほとんど いないと思うが,PCでネット上の文章を読んでいる人間は 大多数…とはいえないと思う。PCをやっていても,仕事のメイルと ちょっとしたOAだけの人もいるだろうし,業務以外のサイトを みない人も多いだろう…。そういう意味でいうと,TVや雑誌以外から 情報を得たり世の中の空気を感じることが出来ない人が大半な 気がする。
ガツガツ働かなくてもいい…というメッセージはTVとかでも 知識人とかが言ってる事はあるんだけど…,ネットと違うのは TVで喋ってる人は,基本的に「選ばれた人」なので,本当の 一般の人が出すメッセージと同じことを言っていても,なんとなく 違う感じがする。そういう意味で言うと,ネットが出す,この手の 優しい空気というのは貴重なのかも知れない。
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