クラブミュージックがジャズになる日(04/10/13)

ジャズはかって,ダンスミュージックであり,ポップミュージック であり,テクニカルな鑑賞音楽であり,即興音楽であった…, 時代と共に…。つまりジャズは大きく変化拡大していった音楽でしょう。 ですから,「ジャズ」という音楽には「変化する・前進する」音楽と いうイメージがあります。古いジャズが好きな人は違うかも知れませんが, 少なくともモダンジャズ以降を聴く人はそうではないでしょうか?(*1)。 ジャズは変化しつつも古くからあるスタイルを 内包したまま進化しているため結果としてスタイルの移動というよりはスタイルの 拡大という形で変化しているように感じてます。

ところが,かってモダンジャズが旋法の導入により大きく変化したこと, フリージャズの誕生,エレクトリックやロックリズムの導入により フュージョンの誕生…等の比べると,ここしばらくのジャズの 変化は結構ゆっくりになっているように感じます。もちろん,より 広い世界の音楽的要素の混入,新しいテクノロジーの導入など, 日々実験は行われているのですが,大きなムーブメントになっているか?と 言われると疑問です。

実はつい最近知り合いの掲示板に,わたしは「新しいことを試みる音楽の主戦場は とっくに,クラブミュージックに移ったとわたしは認識している」と 書きました。ここでいう「クラブミュージック」とはいわゆる「 クラブでかかっている音楽全般」という意味ではなく,現在の クラブミュージックであるところのtechno,Hip-hop,Jam Band等を 指します。しかしかってフュージョンという 固有のジャンルがジャズに吸収される形で無くなっていったことを 考えると,クラブミュージックがジャズに吸収されてジャズの一部に なる可能性もがあります。現状を考えるとジャズとクラブミュージックの プレーヤ,リスナーとも断絶が激しく融合するというのは考えにくいのですが, かってフュージョンもジャズじゃないといわれた時代がありました。 それを考えるとクラブミュージックもそうなる可能性があります (*2)。では,フュージョンどうだったのでしょう?…。

かって,パット・メセニーやマイケル・ブレッカーは ジャズミュージシャンだとは ジャズファンからは認識されていませんでした。これは信じられないかも しれませんが,その証拠に メセニーが80/81を出したとき,ブレッカーがSTEPSをやった時, ジャズファンは驚きの声を挙げたのです。「ジャズができるじゃないか」と:-p。 いえ,キース・ジャレットですら スタンダーズをするまでジャズじゃないと言っていた頑固な ジャズファンもいました。これはさすがに片寄りすぎだと思うけど…。

まぁメセニーやブレッカーからジャズに入ったわたしの感覚としては, メセニーがジャズでないというのはかなり解せない解釈だったのですが, ラリー・カールトンやリー・リトナーが「ジャズじゃない,フュージョン」だと 言われても,それはそこそこ納得感がありました。かれらは 初期の頃はジャズらしいフレージングを避けてましたから。 ですがご存じのように 最近の彼らはジャズをやっており,結局のところ,ジャズの ベースを持っていたことがあきらかです。フュージョン時代は バップフレーズとか弾かなかったのですが,実は弾けるって事 なんでしょうね。

そう考えると現在のクラブミュージシャンもジャズの語法を 習得しているけど,それを見せないでクラブミュージックを やっている人もいる気がして(すでにジャズの語法使っている人も いますが),彼らがジャズの語法を使い始めたときに, クラブミュージックはジャズにのみこまれるのかな?…と 思います。つまり鍵となるのはクラブミュージシャンが 将来ジャズを演奏するかということです。もちろんジャズミュージシャンが クラブミュージックに近づくという動きもすでに始まってます。しかし フュージョンの時のことを考えると,クラブミュージシャンが ジャズに飛込むことの方が,より効果的な気がします。 もっともその時になったら,すでに別の音楽が クラブミュージックになっているんでしょう。

現在クラブミュージックはジャズではありません。これは 層を断絶させるために必要なことなのでしょう。新しい音楽表現を 旧来の音楽表現から断絶されるというのは,ある意味必要な 事なのかもしれません(*3)。 断絶感というのは「新しさ」であるし,旧来のスタイルに 敬意を評することよりも旧来を否定するアンチテーゼのエネルギーは 人間の成長期を見ても,前進のエネルギーとしてはかなり強力だと 思うからです。正直若者は「オヤジが聴くような音楽とは違う」何かを 求める時期があるのです。 そういう意味ではロックはすでに若い世代が数十年前の音楽を リスペクトしているという意味で前進力が弱まっている気がします。

クラブミュージックはいつの時代にも存在する音楽です。 それは音楽の起源は「踊る」ことか「歌う」ことで,従って 踊るための音楽である(呼び名は変わるでしょうが)クラブミュージックと 歌うための音楽であるポップスは,ほとんどの場合において, 大衆に支持される音楽になる可能性があります。 大衆に支持される音楽は多くの投資が行われ,それゆえに 新しい試みもおきやすいのです。 しかしそれゆえにこれらのジャンルは移動するスタイルであり, 長らく存在することはありません。そして古くなったスタイルは 個別のジャンルとして切り放されるか,従来あるジャンルに 吸収されるのでしょう。

ジャズが多くの音楽を吸収できるのは,ジャズ自身が即興音楽の 基礎として極めて頑健なものとなっている,またジャズ自身が 変化を拒まない点からでしょう。将来すっぽりと現在のクラブシーンの 音楽がジャズに吸収されるのか?…はたまた一部の部分のみが 採り入れられるかはわかりません(*4)。 しかしジャズ側にいる自分としては, 両ジャンルの溝が埋まることを期待するし,それゆえにクラブミュージックの 中に(ジャズファンが理解できる)新しい音楽性を探し求めたり するのです。そしてクラブミュージック(techno等)がジャズになると したら,それはフュージョンの例をみるからに,ジャズミュージシャンが それらの技術を導入するよりは,クラブミュージシャンがジャズの演奏を 始めるときのような気がします。


*1: いきなり話がそれますが,最近「スィングガール」という映画が ヒットしたおかげで,ジャズを聴き始める人が出てきているそうです。 その人たちにとってはジャズというのはビックバンドジャズ(スィング)を 指すのだと思います。あんまり固定された見方をされると,ちょっと 気になるのですが,まぁジャズの層が広がると思えばいいことなのかな?…と。 出きれば,他のジャズも聴くようになって欲しいと願ってます…。

*2: 念のため書きますが,「クラブミュージック」はいつの時代にも 存在してます。クラブミュージックは拡大というより,スタイルの 移動による変化をしているジャンルだと言えます。 しかし,いつの時代のクラブミュージックが,新しい表現の 追求の場になっているとは限りませんし,ジャズと融合の可能性が あるとも限りません。しかしtechno,Hip-hop,Jam Bandに関しては, 「インストが主である」,「即興の要素が多い」という点で,ジャズと 将来融和する可能性があるとわたしは考えます。

*3: わたしの印象だと,こういうジャンル間の断絶は音楽をつくる方に あるのではなく,むしろ受取り手,もしくは評論する方にあるように 思います。

*4: 新しい技術によって生まれた楽器としてDJがあるんですが,ご承知のように ハービーハンコックとかは10年以上前から自分のバンドに採り入れたりしてます。 Jazzland系のミュージシャンもバンドメンバーにDJがいます。 とはいえこういう試みは一部のミュージシャンの実験的なものとして 存在しており,ジャズの新しいパートとして一般化しているとは 言い難いです。

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'04 Oct. 13th

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