最近読んだ本から…メモなどを。
書籍編
- だから山谷はやめられねえ(塚田努著)(06/04/23)
- 本著は大学院生であった著者がドヤ街に興味を持ち,山谷(ドヤ街)や 飯場に泊まり込みで潜入した記録です。 とはいえ,タイトルは「山谷」ですが,実際は飯場に泊まり込み 働いた記録の方が多いです。
いずれにせよ著者自身の体験を書いてますので,時系列的に それぞれの場所に行き,泊まり,そこの人と話したこと,知ったこと 等を書きつつ,大学を出てサラリーマンになるという人生と, ドヤや工事現場にいる未修練の労働者の人生の違いを いろいろ考えてます。
わたしの個人的なはなしをちょっと書くと,わたしもドヤに 興味を持ち山谷や横浜の寿町を観て歩いたことあります。 なので著者が興味を持つのにも共感できるし,実際にそこで 半年を過ごした経験は興味深かったです。こういうところに 興味を持つのは決して差別や優越感を持ちたいというのではなく, 自分達と違う社会常識で生きてる人間を見ることにより,自分達が 今捕らわれている価値観をメタな視点で見たいという事の方が 強いでしょう。同じような理由でホームレスの生活を観察したことも あります。
ただわたし自身がそういう事を考えた事があるせいか,はたまた この著者が,まだ社会人経験のない学生のせいか,著者がこの世界を 見て語る所感は,若干青いというか頭でっかちな気もしました。 ただ本人の葛藤や問題定義は,間違った方向ではないとは思います。 このあと著者は普通に就職して社会人になろうとしてるようですが, その経験を重ねた後に,この経験を省みたときに何を思うのか, また聞いてみたい気がします。
とはいえ,ドヤや飯場のしくみのレポート,またそこで出会った人の 観察記録は純粋におもしろかったです。わたしはこの世界に興味を もったのは就職してからだったので,著者のように潜入して…って いうのは出来なかったので,興味深く読ませて頂きました。
- 偽薬のミステリー(パトリック・ルモワンヌ著/小野克彦他役)(06/04/16)
- ちょっとした識者の方々でしたらご存じのように,病気の時 薬を飲んだり注射を打つとき,患者の心のもちようで 効き目が大きく変わることがあります。ましてや,デンプンや 生理食塩水の様な,まったく薬理効果がないものでも, 患者が良く効く薬と思って投薬されると効くことがあります。 一般にこれらはプラシーボ(偽薬)効果…と言われます。しかし, この行為を医者が行ったとき,それは詐欺行為になるのでしょうか?, それともそれで治ったのであれば,正しい医療行為なのでしょうか?。
この本は,そういう偽薬治療の歴史,意味,そして現状行われている 行為を列挙してます。明確にだまして治療する場合もあれば, 薬品の名称やパッケージがいかにも効きそうにされている事, また効き目が医者と患者の信頼関係に影響する…など, たくさんの例を挙げてます。
とはいえ,わたし自身が,上記のように嘘でも治るのであれば, それは悪いことなのか?…と思うように,この問題には 複雑な問題があります。また薬理効果…と言え,実際その薬品が その病気に本当に効くのかどうかさえ,厳密に立証するのが 難しいという問題があります。
訳者のあとがきを読むと,著者は実際に偽薬治療を行うことは 悪いこと…としてるように読めました。ただわたしはこの著者 自身が,実際に行われていて,それゆえに高額の治療費がかかる という問題があるにせよ,この問題を単純に悪といえるか…と いう迷いは感じました。
それにしても,以前はともかく最近は臨床の世界で患者を使って 実験を行う場合,事前説明をする義務があるらしく,偽薬効果の 有無を調べることは難しいようです。そういう意味で言うと, 今使っている薬が本当に効くのか効かないのかを調べること自体 難しいという事になります。医療費が無駄に高くなるのには 問題がありますが,高額な治療をうけているという想いが, 治療効果をあげることもあります。いずれにせよ難しい問題だと 思いました。
- 「戦時下」のおたく(ササキバラ・ゴウ編)(06/03/13)
- 9.11以来アメリカは戦時下であり,それに協力している日本も また戦時下である。ましてやアメリカの要求を拒めない日本は 「戦後」ですらあるのかもしれない。しかしそういう事実を 意識させる作品を作り続けてるのは映画や小説よりむしろ マンガやアニメというサブカルチャーである…っていう感じの 切口で始まったこの本。実際はComic新現実とかに書かれた 批評等を再構成したもので書き下しの文章はほとんどない。 わたしはComic新現実で忘却の旋律について書かれた評論を 読んで気に入っていたので買いました。ちなみに忘却の旋律は ここ数年わたしがみたアニメの中で一番気に入ってる作品ですが, その内容についてはここには書きません。
他にも池上遼一がかって作品の中で極端な意見として書いた セリフを現実の若手議員が発言思想なこの現実の状況を 指摘したりして,鋭いところも結構ありました。
とはいえ,この本,そういう一部の作品を称賛する一方で, イノセンスとかジブリアニメをケチョンケチョンに書いていて, ちょっと眉をしかめてしまうところもあります。まぁ毒がある文章は 笑いが入っていたら,おもしろい場合もあるのですが,逆に 毒をはいている人に薄さを感じてしまうと,かなり滑稽に 感じてしまう…と。まぁ本にしてるだけ責任を背負うつもりは あるのでしょうけど…。
気になったのはつい最近日記に「テクノ」について書いた通り,テクノって かなり複雑なジャンルなのに,どうもこの本で指摘されている テクノはイコールYMOであること。まぁ本人達が,それを 好きなのは構わないのですが,他の人がテクノと言ってるのを YMOと誤解して(明確にそうかいてないのですが,古い音楽って 思ってるところからそんな気がする)指摘するのは, かえって自分の了見の狭さを示しているような…。
まぁそれはいいとして,香山リカの弟と対談してる文があって, えぇー香山リカってそういう人だったんだ…と思ったり,そこで 新人類を失笑していて,確かに新人類ってなんだったんだ?…バブルと 一緒に滅んだよなぁ…と思ったり,この対談,実は結構かなり オタクにとっては痛いのですが,その痛い分を含めて こちらはおもしろかったです。
まぁオタクが語るとたいてい痛いのですが,痛いまま本にしてるって 意味じゃおもしろいし,でもその痛さを共感できるわたしも オタクなんだろうなぁ…と思うような本でした。オタクじゃ無い人が 読んでも全然わからないかもしれませんが(^^;)…。
- 無思想の発見(養老孟司著)(06/03/07)
- 大変おもしろく意義のある本です。わたしは養老氏のファンで 著作は結構読んでいるのですが,それでもこの本はある意味が ある気がします。最近出ている壁シリーズは一般向けの口述筆記の 本ですが,この本は養老氏が直接書いたものです。養老氏の 著作はたくさんありますが,「唯脳論」および「日本人の身体観の歴史」 あたりを読むとだいたいの氏の主張は見え,他の本はその辺のを 元にいろいろ脹らませた印象があるのですが,今回の本は, 唯脳論から次の段階に進んだとの印象を受けました。
「唯脳論」の斬新性は従来だと観念論に似た世界観を「脳」という 物体にリンクさせ,そして近代化,都市化を「脳化」と論じた 事でしょう。そして「日本人の身体観の歴史」では氏の数々の 主張の根源でもある肉体の実感が語られてます。
- 本作は導入部こそ現在の日本における近代的自我の問題, もともと日本には自我なんってものはなかったのに,明治以降 慌てて取り入れたので,弊害が大きい…というところから始まってますが, この本の骨子は,日本人は無思想・無宗教であることと,無思想は 思想における「零」であるということです。タイトルは「零の発見」を もじったものでしょう。
日本人が無思想・無宗教というのはいろんな人が指摘してます。 また無思想自身が「思想」であるという見解も何人かの人が 述べてます。それを「数字における零」の様なものでは?と言ったのが この本の重要な点です。数字は零を導入することによって,記述法も 簡易化されましたし,マイナスの発見にも繋がりました。無思想を 零の様に思想に組み込むことで,思想を整理したら便利ではないか? ということです。
とはいえ,この本では無思想の特殊性もたくさん挙げてます。 「思想」は概念的なものであり,反して日本人が持っている「無思想」は 実践的なものです。思想や理論に基づかないのであれば,何によって 行動しているかというと,「世間」とか「かたち」だそうです。 日本には思想はないけど,世間に合わせる,かたちからはいる…と いうのはあると…。
おもしろいな…と思ったのは,確かに宗教や思想が声高に叫ばれている 地域は実際の世間が荒れていて,とても合わせられないような状況 だったりします。実際の世界がひどいので理想としての思想を語る, 逆に世間が安定していたら思想など要らない…ということかもしれません。
また思想は概念であるが無思想は実践であり感覚であると…。頭で 考えるのではなく五感で感じて答えを出すということを日本人は やってきたのではないか?…と。
これらの話は最近日記で 日本人が何に対して一体感をだしているのか?という 疑問を書いてましたが,この本を読むとそれは天皇ではなく, 世間であると,そして世間主義(無思想)であるという気がします。
もう一つ重要なことを言っているのが,「反対があるのではなく 補間である」ということ。例えば「同じ」と「違う」は 反対ではなく,補間であると。だから対立するものではない。 概念と感覚も対立ではなく補間であると。
というわけで,目から鱗が落ち読めました。もっともこの本には そんなに説得力があるわけではありません。そもそも無思想なのですから, 言葉で表現出来ません。氏も言葉でツメテ説明することは放棄 してます。この放棄の仕方自身が養老節なのですが,この辺を 胡散臭いと思うかも知れません。でも,元々養老氏は 「言葉で言っても伝わらない」という人なので,それも彼の 意図のうちでしょう。
- この本を読むと,最近の日本はけしからん,昔の方が良かった…と いう主張と捕らえる人も多いかも知れません。しかし そうではありません。盲目的な過去回帰というよりは, 盲目的な西洋思考信仰への反論…と言った方があってるでしょう。 いずれにせよ,この本を読んで盲目的に信じることは本の主旨を 誤解してます。自分で(考えてじゃなく)世間を感じて行動しなさい …というのが,一番あっているメッセージな気がします。
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