最近読んだ本から…メモなどを。
書籍編
- 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (高木徹著)(05/12/31,06/01/07追記)
- この本はNHKのディレクタである著者がユーゴ連邦の ボスニア・ヘルツェコビナとセルビアの戦いの内幕として, アメリカのPR企業がどのように動いたかについて取材を したものを書いています。ちなみにこのテーマについては2000年 10月にNHKスペシャルで放映されてるらしいのですが, わたしは観てません。
ボスニア・ヘルツェコビナがユーゴから脱し独立した際に, ボスニアはセルビアから軍事攻撃を受けていて,非常に 不利な状況だったとのこと。しかしボスニアはこの地域紛争に 世界の大国の注目を集め,外部の介入によって独立を 勝ち取るために,アメリカに訴えに行き,そこでアメリカの PR企業の顧客になり,そしてそのPR企業が,アメリカの マスメディア,大臣,議員を動かし,結果として世界の世論は セルビアを悪者とし,ボスニアに協力する形になる,セルビアの 粛清をすることになったそうです。
この本にはボスニアのシライジッチ外相が,アメリカに 協力を依頼するために渡米したところから始まり,いったん アメリカ国務大臣に協力を拒否されるもののアメリカのPR企業に ボスニアのイメージをつくることを依頼し,結果として だれも関心のなかったバルカン半島の紛争に国際的な注目を 集めさせる過程を取材によって丁寧に描いてます。
正直言ってアメリカのごくほんの数名のPR企業の動きによって, これだけ世論が形成され,そして敵対する国家を空爆させるまでに 持っていく様をみると…ぞっとします。しかしそれはバルカン半島に 限った話ではなく,国際的な場では実は強かに行われているのかも しれません。
ちょっとだけPR企業がやってきたことを書くと,とにかくアメリカの メディアが取り上げやすいようにスポークスマンの喋る内容を 指導したり,プレスセンターをつくったり,キャッチコピーを つくったり,イメージをつくったりと…,まぁ普通に考えると それは情報操作…なのかもしれませんが,ギリギリ嘘は言わないところで やっているところがすごいです。
しかし本の中にも書いてますが,そういう視点で考えると日本の 外務省や多くの政治家はそういうことが出来てないのが良くわかります。 …というか日本でそれが一番出来ているのが小泉首相だというのも よくわかり,結構恐いものを感じます。
地域紛争には本来はどっちかが完全に黒でどっちかが完全に白という ケースはあまりなく,どっちもどっちで泥沼な争いをしている ことが多いでしょう。しかしどっちかの国家に強力なPR企業が つくと,それを完全に悪と善の構図に書き換えることができるという例が, ボスニアの争いだったようです。これは別にマスコミが世論操作を しているという話ではなく,むしろ争っている当事者がやっていると いう意味で,ある意味恐いものを感じますが,しかしそれを 防ぐことはできません。それを防ぐにはそういう操作を読み解く センスが我々の方に必要ということでしょう。このメディアが 発達した時代を生きるには一度は読んで知っておいた方が いい事例だと思いました。
余談ですが,このボスニアとかコソボの話って当時,学生から 社会人になったばかりのわたしには全然知らないことでした。 あまり日本では話題になってなかった気がしますが,アメリカの 世論がそこまで沸き上がっていたのか…というのを知って,そっちの方にも 驚きました。
- (06/01/07追記)
この本については実は紙屋研究所のレビューを読んで興味を読み 読みました。正直紙屋さんの方を読んだ方がずいぶん重要な事が 伝わってくると思うので,リンクしておきます(^^;)。
あともう一つ書き忘れたので書いておきますが,この本,とても 読みやすかったです。というか構成がうまい。やっぱりTVの制作者らしく, 読む方が引き込まれるテクニックを駆使して書いてる気がしました。 例えば章だてになっていて,一つの章ではある一つの事柄を とりあげているのですが,冒頭の半ページくらいで,その概要を 思わせ振りに書き,その後詳細に説明する,そして最後は次の展開を 臭わせるという感じで。あぁ,こういう風に書くと次々と読みたくなる のだなぁ…と感心させられました。そういう意味でも 勉強になりました。
- ブエノス・ディアス,ニッポン 〜外国人が生きる「もうひとつの日本」 (ななころびやおき著)(05/12/13)
- 著者は現役の弁護士。主に…というわけではないらしいのですが, 海外から日本に出稼ぎに来ている外国人からの依頼を 受けることが多いそうです…といってもほとんど金にならない らしく稼いでいるのは別件だったりするそうで…。
ほとんどが著者担当した案件についてかかれています。 主に海外から出稼ぎに来てビザが切れてオーバーステイになって という人があることで不具合を被る。それは法務局に ばれて強制送還…という場合もありますが,事はもう少し ややこしい場合が多いです。
…というかこれを読むまで実態がこうなっていることに わたしはあまりにも無関心というか知りませんでした。 日本にラテンアメリカや東南アジアからの出稼ぎ労働者が 多数いることは何となく把握してましたが,オーバーステイに なってそのまま日本で数十年以上暮らし続けている人が かなりいるようです。数十年も暮すと当然結婚したり, 子供ができて子供は日本語しか喋れなかったり…と,そういう 状況で家族ともども強制送還になってしまったり,病気になっても 保険に加入できなかったりとか…。
著者の案件は主にそういうものに永住許可を得るための 裁判を担当したり…とかいうものが多いようです。
著者は本書のまえがきで以下の四つをこの問題の本質と 言ってます。 「『専門知識,技術を持った外国人のみを受け入れる』という 政府の方針は建前に過ぎず実際は外国人労働者の多くは 単純労働者であり,実際は彼らから多くの恩恵を受けている」, 「漢字の文化が漢字圏以外の外国人の地位向上を阻んでいることへの 無自覚」,「外国人が異なる存在であることを前提に,外国人 管理をしようとし条件の違反に制裁を加えようとする」,「 在日外国人の問題を外国人を差別するのが当然という 視点で管理していること」。
つまり我々の認識では海外から日本に働きに来てビザが切れても 働いているのは彼らが悪い…,そしてそれで不利益を被り 挙げ句の果てに非行や反抗に走るのは彼らが100%悪いとなって いるように思います。というか申し訳ないけど,わたしには そういう感覚があります。しかし著者は海外から単純労働者を 受け入れているという現実があるのに,彼らが被る不具合を 解消していないため,彼らを追い詰めているのは国の方だと…。
実際に本の事例を読むと,そういう風に書いているからでしょうけど, かなり気の毒に思えるような部分があります。著者は弁護士だから そういうことに対してクレームをいいますし,それには 「そうだよなぁ…」と感じます。
ただし一方でわたしの中には「そうは言ってもそういうルール なんだし,それを承知で入国してるのではないか」(もっとも 法務局の運営基準も不透明らしい)とか,「外国人労働者が日本人なみに 暮しやすくなることは,海外から大量の労働者の流入を 招くことになり日本人の仕事を奪うことにならないか」とか いう感情もあります。正直わたしは著者がいうように実態に 合わせて,いろいろ緩和することにすべて同意…いえ多分 ほとんど同意出来ないように思います。もちろんそういう 部分とは違って単純に改善すべき点で同意できるところも たくさんありますが…。
- ただ著者に賛同していいか悩むところであはあるものの, わたしたちの目につきにくいところで,多くの人達が 苦しんでいて,結果的に彼らを追い詰めてしまってたり, またわたしたちが無意識に彼らを差別し排除してしまっている 現実はやっぱり知っておかないといけないのだと思います。
最近の現実の事例でいうとフランスでの移民系の若者の暴動, そして日本国内でも不法滞在者による犯罪などが話題になります。 その際に安易にマスコミの情報で思い込みをつくらないためにも こういう本を読んでおく必要はあるのでしょう。
ちなみにこの本によると外国人の犯罪が必ずしも日本人に比べ 物凄く多いとも限らない様です。また上記のわたしの感想を 読むとなにか外国人が悪いことを犯した事ばかり書いているように 思うかも知れませんが,実際は不法滞在であること以外は 実に実直にひっそりと暮している例がたくさんあり,それでも 非常に不利益を被っているという現実を知らないといけないのでしょう。
- 下流社会〜新たな階層集団の出現 (三浦展著)(05/11/20)
- 大変売れている本らしい。もっとも最近はこの手の社会の 不平等というか二極化というか一億総中流の崩壊とか, その手のことを書かれた本は結構出ていてそれなりに売れているようです。 つまり社会的な関心が高いということでしょう。実際に フリーターやニート,ホームレス…などTVでもしょっちゅう話題に 挙がってます。
もっともこの本,どこか学会で発表するような社会学者が なんか眉唾ぎみなコメントを書いてるのを読んだ気がするので, 学術的に正しいことを書いているかどうかはわかりません。 実際に読んでみるといろんな調査の数字を挙げて論を 展開していますが,どうもわたしにはその数字が有意差が あるような数字に見えない場合もあったり,あと都合が いいところばかり取り上げてるので,逆の説明が 出来ないか良くわからないところもあります。
この本がやってることをひとことで書くとレッテル貼りだと 言えるでしょう。日本人を幾つかのグループにわけ, それにレッテルを貼っています。しかし先に書いたように データの見せ方に疑問があるにしても,そのレッテル貼りは すっとわたしの中に入ってきました。ということはここに 書かれていることは「物語り」として優れているか,普段 わたしが考えていることに近いということでしょう。
ちなみに何が書かれているかというとタイトルから想像できるように, 日本人の多くが現在,そして未来下流化していくと,一部の 金持ちと多くの下流という風に二極化するということを 書いてます。もっとも下流といっても食べるのに困るような 生活ではなく,インターネットやTVゲームのようなものは持っている, ただ仕事に関して上向きな希望はないし,結婚できるかも 結構危ぶまれる様な層とのことです。上向きではないが そこそこ幸せでいいのではないか?…それともこのままいくと 大変なことになるのか?…についてはこの本では明言は されてません。ただ幾つかのグループの嗜好や考え方を 考えて取り上げているだけです。
もう一度書きますが,ここに書かれているレッテルが正しいのかは 現時点ではわかりません。ただし物語りとして良く出来ているとは 感じました。問題はこういうのが事実であろうとなかろうと, 物語りとして良くできていれば,こういう考え方が世間に どんどん広まっていく可能性はあります。そうすると人々の 意識自体がそういう風になってしまいます。そうして自分が どのレッテルに所属しているかを明確に意識する様になり そうなるとそのグループ間の対立が起きるかも知れません。 そういう意味で言うと日本で暴動やテロが起きないのは現在 日本人がグルーピングされていないからであり,こういう グループ意識が高まることが果たしていいのかというと, 少し疑問に感じるところです。
ところで,著者は男性の場合「ヤングエグゼクティブ系」「ロハス系」 「SPA!系」「フリーター系」に分けてます。わたしの場合ロハス系 なんだろうか?…と思いましたがSPA!もたまに立ち読みするんだよなぁ, サブカル好きだし(笑)。
わたしは自分が何流かと問われるとおそらく「中の上」と答えると 思います。こういう自分が読んだ感想は上記の通りです。現在増えている といわれる中の下を意識している人がこの本を読んだときに どう思うのかはわかりません。
- 失われた歌謡曲(金子修介著)(05/11/20)
- 本書は1955年生まれの映画監督金子氏が自分が幼少の頃TVで 楽しんだ歌謡曲に関して書いた本です。というわけで, 音楽評論家が書いた本ではなく,正確な音楽評論本ではなく 彼が独自の論を書いている本です。彼によると歌謡曲には 独自のドメスティックな毒素が含まれているようで…。 確かに当時の歌や歌詞を改めて聞き直すと…なんだかなぁ…って いう歌が多いのですが,氏はその辺を鋭く指摘して, しかも面白おかしい独自の理論で笑わせてくれます。 だいたい60年くらいからの歌を扱っていて,氏の歌謡曲への 知識の多さには感動すら覚えますがだいたい終わったのは 平成になる頃(Winkとか)。氏によるとJ-Popは歌謡曲じゃ ないらしいです。
わたし的にはだいたい新御三家(とってわかりますか?,郷ひろみとかの 世代です)辺りからの記憶しかなくそれ以前はTVの懐かしの メロディみたいのでみたことがあるって程度ですが, それなりに楽しめました。まぁわたしより年上の方の方が 楽しめるでしょうね。
それにしてもこの本にはGSは含まれてますがニューミュージックは 全く含まれておらず,こだわりの深さを感じます…というか 沢田研二すら「無理やり歌わされている感じがしない」と 言うことで取り上げてませんが‥まぁそれはさすがにどうかと(^^;)…。
- 音楽史ほんとうの話 (西原稔著)(05/11/03)
- 以前「聴衆の誕生〜 ポスト・モダン時代の音楽文化」という本を取り上げ, 我々が幼少の頃に植え付けられたクラシックという音楽のイメージは 実はその作曲家が活躍した時代よりかなり後になって意図的に 作られたものだ…ということを書きましたが,今回の本も 基本的にはそのようなお話。ただし前の本が社会的な流れで それを説明していったのに対し,この本は,個々の作曲家を 取り上げて,その作曲家それぞれについて書いてます。 したがって大きなながれはつかみにくいですが,それぞれの 作曲家の生きてる間の評価,そして死んでからの評価…という 点ではこちらの方が情報は多いでしょう。
取り上げている作曲家はバッハやモーツアルト,ベートーベンという 大物から,ロッシーニ,シューベルト,ベルリオーズ,ブラームス, ワーグナー,プッチーニ他,かなりの多くに渡ります。なので, 逆を言うとあまり詳しく書かれてない人もいるのですが, 最初の三人についてはかなり詳しく書かれてます。
わたし自身は最初の三人はともかくそれ以降の人はあまり 知らないので(名前くらいは知ってますが,どういう人物像として 現在とらえられているかとか),そういう意味ではあまり ショックを受けないというか,ただ「そうですか…」という 感じで受け入れてしまいました。そういう意味で言うと, この本はクラシックの「物語り」についてある程度 知ってないと楽しめないかも知れません。
わたし的にはバッハが全く無名のまま普通の人として死んだ話とか その後楽譜の出版権でいろいろあった話とかは結構興味深く 読みました。ただ参考文献とかは巻末に載ってますが, 本文中で今一つ語ってることの裏付けがどこにあるのかが 今一つわかりにくい点は少し気になりましたが…。
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