読書メモ(2003年9月〜10月)

2003/09/15:作成
最近読んだ本から…メモなどを。

書籍編

脳はいかにして<神>を見るか(アンドリュー・ニューバーグ他著,茂木健一郎監訳)(03/09/28)
宗教的体験,神秘体験をしたことある人であれば,心当たりが あるかとは思うが,この手の体験は実在の物質(つまり自分の 周りにあるもの)に触れたり視覚聴覚に入ってくる刺激とかが ない状態であるにも関わらず,物凄いリアリティを感じることがある。
本書は長年の訓練を受けて瞑想状態に入れる人の,「その」状態に おける脳の観察というところからはじまる。前半は 宗教的体験をしているときに人体,特に脳に何が起きてるかを 述べ考察している。著者は西洋の三大宗教(ユダヤ教,キリスト教, イスラム教)以外にも仏教や道教,ヒンドュー教にも言及しており, それらのすべてにおける宗教的体験,また宗教の成立について 共通性があると述べている。
この辺の話は結構おもしろい。なぜ人間に宗教があるかというと, 脳の中に「二項対立」を認識してしまうところと「因果」を 考えてしまう場所があるということ,それゆえに何か不安が 生じたときにその原因を予想する事から発生するとのことである。 これはわたしが以前から「腑に落ちる」と呼んでいる現象のことで, この本では「ユリイカ」の状態になるといっている。そういう 意味では,この本はわたしが普段考えていたことと非常に近い…。
さらにこの本は宗教的体験のリアルさについて考察しているが 結局のところ「わからない」というところで終わっている…, というとがっかりするかも知れないが,神秘体験がリアルな理由, また科学的に解けない理由など,かなり突っ込んで考察している。
科学的視点で神秘体験を語っているが,結局のところ科学も 宗教と何らかわりない…というわけで宗教を科学的に否定する 視点ではない。
個人的には著者はわたしと同じ方向性というか,考えたいところ の嗜好が似ている気がする。もちろんこの本は情報が 多いし,うまく書いていると思う。宗教を否定することなく, 宗教体験を科学的に考察してみたい人は読んでみるといい本ではないかと 思う。

趣都の誕生-萌える都市アキハバラ(森川嘉一郎)(03/09/15)
秋葉原を論じる事によりオタクを…と思って読みはじめたら どちらかというと逆だった気がします。前半はオタク文化に ついて語られてますが,後半からは都市論,文化論に 展開されています。
秋葉原のような成り立ちの街は稀なのだそうです。昔は 都市というのは「官」が計画して作っていた,それがイデオロギーの 崩壊により「民」に移りつまりマーケットドリブンな作られ方になった。 しかし秋葉原は民ではなくむしろ「個」の趣味がそのまま 投影されているとのことです。「街全体が巨大な個室になっている」と 述べてます。そこには「未来への喪失」とかまぁそういう 事も絡んでいるそうです。
ところでそういうわけでこの本は前半ではオタクについて いろいろ解説してたりするのですが,これについては戦闘美少女の精神分析を 読んだときも思いましたが,なぜそこまで「萌え」という 言葉を説明しようとするのでしょうか?。ちょっと 違和感をわたしはおぼえるんですが,世の中には「萌え」という 言葉でオタクを説明(手中に納めよう)という試みがたくさん されていて,ちょっと奇異に思います。…まぁこの件については また別に述べます。
とはいえ,この本は出版されたのが今年と…まだ新しいので, 「戦闘美少女の精神分析」に比べるとかなり最近の動向まで 書かれていて,おもしろいです。月姫の話まで出てます。
前半のオタクの紹介から中盤「未来の喪失」を,マンガに描かれた 東京,そして大阪万博での象徴的な出来事,そしてオウムに おける建物デザインを挙げて説明し,そのあと技術からデザインが 喪失されていくところ,そして都市の建物がテーマパーク化して 行くという論の進め方は,著者が建築学者というバックグランドを して書かれており,他の文化論や哲学方面の議論とは違っていて 新鮮でした。まぁある意味都市デザイナーというものが街を 設計していく…という思想が既に崩壊しているのをデザイナー達は 憂いでいるわけでしょうけど,この人はそういう部分もを 持ちつつも現実の状況を見守っているような感じがします。
そういう意味ではオタク文化論というよりはあくまでも都市論である 本著,でもオタクを知る人にとっては,身近でわかりやすい 内容で楽しめました。


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