99年9月にキースは来日し二日間,ソロピアノのコンサートを 開いた。その直後に発売されたアルバムである。とはいっても, 演奏自体は98年のもの。キースジャレットは長い間,体を 患っていて,ライブもそうであるが新譜も久しぶりである。 決して病気を完治しての新譜ではない。 このアルバムは去年各雑誌で絶賛されたが,ほとんどの記事は, キースの病気の件にスポットを当てていて,アルバムの演奏自体には 少ししか書かれていない。だから私はその件については, ほとんど書かないことにする。
このアルバムは発売され,すぐ購入した。しばらく愛聴盤になり, 良く聴いていた。ではあるがレビューするのにはかなり迷った。 「どう表現しようか?」「他の人はどう思ってるんだろう?」 そういう風に考えたからだ。それで他の人のレビューを見ても 上記の通りで良くわからない。
はっきり書くと,このアルバムはかなり地味である。 ここでのキースはスタンダードのメロディを淡々と 弾いている。ほとんどの曲はスローテンポでバラードの 様にも聴える。リズミカルにバンプを弾いたり, 右手一本で力強くメロディを奏でることもない。 何も考えないで聴くとまるでBGMの様にリラックスして 聴くことができる。すごく優しいアルバムである。
しかし,良く考えてみると,こんなに美しくピアノの音が 響くアルバムがあったろうか?。ここに入ってる曲は 私は不勉強のためほとんど知らないが,おそらくジャズの スタンダードが多い。しかしまるでヨーロッパで作曲された クラシックの小曲の様である。夜のニューヨークや, アメリカの草原ではなく,石畳の古い街並みが頭に浮かぶ。
私はクラシックをほとんど聴かないため,クラシックと 比べた場合この演奏がどういうレベルなのか?,ピアニストの 技量としてどういうレベルなのか?は良くわからない(というのが レビューを書けなかった主な理由なのだが…)。しかし こんなに美しく響くジャズピアノソロは聴いたことがない。 メロディとそれに絡み付く和音というか右手の音の バランスが絶妙である。キースは「大半のジャズ・ ピアニストは、ピアノが本来持っている能力の 50%しか使っていない。…(中略)…何故だか分かるか? ピアニスト自身の技術が伴っていない、 つまり指のバランスが悪いから、頭の中でイメージしている音と、 実際に出てくる音が違ってしまうんだよ(注1)」と 言っている。つまりここではかなりキースが 個々の音のバランスと全体として出てくる音のイメージに こだわっていることがわかる。
また,キースはこうも言っている。「僕が音楽で表現したい事は、 小説に例えるなら長編を書けるぐらいの内容なんだけれど、 それを"Simple"に短編小説にまとめようという事を考えた時、 チェンバロを弾くことを思いついたんだ」。これは, キースが「ゴルトベルク変奏曲」をチェンバロで演奏した時の 言葉(注2)だが,そこに込められた思いははこのアルバムに たいしても感じることができる。
このアルバムではシンプルなメロディが美しく,私の心に 語りかけてくる。無駄のない空間が私を包む。「癒し」 などという流行りの言葉は使いたくないが(^^;), メロディは優しく・強く私の心を揺さぶり,そして やすらぎを与えてくれる。それがキースの表現したいこと なのかどうかはわからない。しかし私がこのアルバムから 受け取るものはある。そしてそれはこのアルバムからしか 得られないものである。長く付き合っていけそうなアルバムである。
注1: 鯉沼ミュージックのWebpage(99/12/19)から引用しました。 注2: 鯉沼ミュージックのWebpage(99/12/27)から引用しました。