最近ジャズ雑誌を読もうにも,良く読んでいた雑誌が なくなってしまったため,このCDがどういうキャッチコピーで 売られているのかは良く知りませんが,「ハービーハンコックが ビルラズウェルと再び共演」という点は一つの売りのようです。 この二人は1983年にフューチャーショックというアルバムを出し, ロックイットという曲をヒットさせました。
ビルラズウェルはニューヨークのミュージシャンですが, アンダーグランドの音楽に非常に詳しいのか,相当昔から ヒップホップ等のサウンドをうまく取り入れて音楽を作ります。 したがって今回のアルバムも,ハービーというおそらく多くの ジャズファンが注目するミュージシャンが,最新のヒップホップや さらにはテクノ等の音楽を取り入れ,新しい(ジャズの?)サウンドを 作ったというのも,売りなのかも知れません。
…というか,わたしは「そうなのかな?…」と思い最初このアルバムを 買ったわけです。どうも旧来のジャズファンはテクノとかを ジャズとは関係ない音楽のように捕らえる人が多いようですが, かって,ロックやファンク,民族音楽を取り入れて来たジャズが, 新しいテクノを取り入れないわけがない,もし取り入れなかったら, それはジャズの終焉を意味するだろうと(もう一つジャムバンドという 流れがありますが,それについてはまた別の機会に)。
というわけで,聴いてみました。一曲目いかにもサンプリングネタに なりそうなアナウンスから始まり,エスニックな曲,そして ボーカルの入ったおそらくシングルを狙ったポップな曲,そのあと DJを使い,ヒップホップやテクノのリズムの上に,ハービーの ピアノが入るという構成。やはりハービーらしく,新しい リズムを取り入れ,おそらくジャズファンでも取っつきやすい 今風のアルバムになっているのではないか?,と感じました。
しかししばらく曲を聴いていると,例えばドラムンベースとかの 他のアルバムの曲を思い出していて,しかもそっちの方が 斬新だったりして良くわからなくなりました。つまりは 現在の音楽を取り入れているとは言え,薄めているのではないか?。 玉石混交で音楽的ではないものまであるテクノ系の音楽を より音楽的に磨きあげた様な音楽を期待していたのですが, やはりそういうことは無理なのだろうか?。
そうやって,何度かクビを傾げながら,聴いていて,あるとき ふっとこのCDを途中(8曲目あたり)から聴き,全く違った アルバムに聴こえ,驚く経験をしました。最初から聴いて ヒップホップ的と感じていたアルバムが,8曲目あたりから 聴くとまるっきりジャズに聴こえるのです。しかし, 先頭から続けて聴いていると,そこには特に途中で 雰囲気が変わった様子はなく,スムーズにつながって 行きます。不思議に思い順番に見ていくと, 前半は確かに打ち込みが多いのですが,後半は 生演奏が多くなってます。しかも全体のサウンドには 非常に統一感があり,しかも入っているシンセの音や エフェクタは徐々にブレンド比が変わって,スムーズに つながっていきます。そして最後から二曲目で,もっとも ジャズ的な演奏になり,最後に再びエレクトリックになりますが, その時はリズム単位を大きくしているせいもありますが, 最初のテクノと言うよりは,むしろ70年代電気ジャズの 様な印象を受けます。
そう考えると,このアルバムでハービーがやりたかったことは, もちろん最新の音楽を取り入れ,ジャズという手法の上で 自分の音楽を広げるという狙いもありますが,むしろジャズと テクノ・ヒップホップをうまく補間するもの,そして,テクノ・ ヒップホップの音楽自体が,むしろ70年代ジャズのテイストを 現在のテクノロジーの上に再展開しているというのを あらわにすることだったのではないか?,と考えたりもします。
そう考えると,このアルバムはハービーだからなし得る 非常に希有なアルバムになりますし,ちょっと わたしにはテクノとしては刺激が少ないと 思った部分もありますが,補間という意味では, こういうかたちの方がいいのかも知れません。
ただこのアルバム全体に一貫したアンビエントでかつ 静かなサウンドよりは,もう少し熱いサウンドの方が ある意味旧来のジャズファンにも受け入れやすかった 気もするのですが…。
現在クラブシーンでテクノやジャムバンドという 新しいインスト音楽が若い世代に広がってきて, ある意味,これまでインスト界で支配的だった ジャズは新しい世代に引き継がれないという 危機に瀕しているとも言えます。このアルバムが ハービー(ジャズ)側からこれら若い音楽に接近した アルバムなのか,それとも若い世代をジャズに引き寄せる 事を狙ったアルバムなのかは,真意はわかりませんが, いずれにせよ,このアルバムがどの世代に,どの程度 受け入れられていくのかで,インスト世代がどうつながって 行くかを占っていくのでしょう。
以下おまけですが,メモとして取った,各曲の印象
- Wisdom
- シンセのパッドから始まり子供ぽいこえで朗読というか アナウンスが入る。映画のオープニングのようだ。 サンプリングネタに使えそう。
- Kebero Part I
- (ヨーロッパ的)民族的なボーカルから,アフリカンパーカションが 入り,そのあとローズと打ち込みらしいシンバル入る。ビートは 遅いもののテクノ色が非常に強い作品
- The Essence
- チャカカーンのボーカルをフィーチャーしたポップな曲。 リズムがカスカスで,かつ細分化された典型的テクノの リズム。その上でアクゥースティックピアノのソロが 入る辺りが,ハービーの考えるジャズとテクノの融合なのかも しれない。
- This is Rob Swift
- ヒップホップのようなラップが入り,さらにそれをサンプリングする という曲。しかしドラムはたぶんディジョネットだし, ドスンドスンとしているが,どこかジャズっぽいヒップホップ?。
- Black Gravity
- 静かなテクノだが,リズムがリズムマシンで細分化されている。 淡々と同じリフ,リズムの上でハービーがソロをピアノ弾く。
- Tony Williams
- 今は亡きトニーウィリアムスのドラム録音から 作成された曲。女性のボーカル(朗読)から入り, 深いリバーブをかけ不思議な雰囲気を作っている。 ショーターのソロもリバーブなどで処理されている。 もしかしたら切り張りされているのかも知れない。
- Ionosphere
- これもテクノのリズムを全面に用い,ハービーの ピアノと合わせた曲。ノイジーでカスカスのリズムが心地好い
- Alphabeta
- シンセの切り張りが多く聴かれるが,クレジット的には, ビルとハービーとディジョネットのみ。ハービーによる 加工かどうかは良くわからない。しかしシンセを多用していても ドラムが人間になるだけでかなり雰囲気が変わる。
- Be Still
- 前曲まで聴いてきて非常にすなおにつながるが,良く聴くと この曲はほとんど手引き。ドラムもディジョネットだし, チャーネットのアクゥースティックベースも入っている。 ショーターのソロも。
おそらくこの曲だけ聴くと,オーソードックスなエレクトリック ジャズという感じに捕らえられるだろう。
ディジョネットのリズムマシーン的なリズムは秀逸。- Virtual Hornets
- アルバムの中で最長の8分の曲。しかもメンバーは前曲から ボーカルを除いたメンバーだけ見れば非常にジャズ的。 シンセで変な音を出したりしているが,ショーターのソロ, ベースソロ,と構成もジャズ的だが,不思議とスペーシーな 雰囲気が漂っている。ジャズとして捕らえるとかなりおもしろい 演奏。
- Kebero Part II
- 再び打ち込みのリズムになり,アルバムを締めくくる。 しかしなぜかここで(いままでの曲の流れで)この演奏を 聴くと,テクノと言うより70年代ジャズに聴こえてしまう。 もちろんテクノにしては非常に緩いリズムを使ってる せいもあるが。ある意味テクノとジャズの類似点と 相違点を浮彫りにしている。
- The Essence (DJ Krush Remix)
- おまけトラックにつきノーコメント