統計は人間(の心情)にマッチするのか?

科学的思考を求められる現代では確率という統計量を使って ものごとを語ることが増えている気がします。わたしが一番身近に 感じるのは病気に関することで,ある病気にかかったときの 死亡率とか発病率とか。他にもいろいろなことで確率は よく使われますが,時々あれ?と思うような使われ方もしており, もしかしたら,確率統計というのをわたしは正しく理解してないのか?とか 世の中の人は理解してるのか?とか思うことも多々あります。 先日読んだ本にわたしが今ここにいる確率は限りなく零に近いので 奇跡だみたいな事が書かれていて,わたしはそれを読んで, 確率の使い方が違うだろう?と思ったのですが,もしかしたら, わたしの方が間違ってる?。

そうである一方で,どうも世論は確率が低いような危険性について 大騒ぎすることもあります。BSEの問題もBSEにかかる人や 死ぬ人が,他の病気に比べ遥かに少なくても,最優先事項の様に 大騒ぎします。一方で自殺で死ぬ人や,交通事故で死ぬ人の割合が 結構バカにならないくらいあっても,なぜか大騒ぎしません。

この辺の違和感がずっと気になっていて,もしかしたら人間は 確率を正しく理解できない思考構造を持っているのではないか?とか 思ったりもします。一方で現代の科学の問題は確率統計の手法を使って 証明される問題がものすごく増えてます。解析的というか,システマチックに 解ける問題が減っていることや,システマチックに理論を作れても, 実際の問題に適用するときその他の不特定な要因で100%起きるとか 起きないとか言うことが難しいので,確率的(有意検定とか)に 証明することが増えてるのでしょう。

わたしも自分で研究していると,数式で理論を構築していくことより 実験を行い結果を統計的に検定することが結構多いです。 そういうわたしですが,上に書いた病気に関する確率での表現と 人々の反応についてどうも非科学的なことが起きえるのは, 致し方ないな,と自分の実感としてあります。

というのは,確率というのは母集団を規定して,その全体の中でどれくらいの 数がある状態になったかみたいな話であり,非常にマクロな視点で ものごとを語ります。しかし実際に自分にその問題を当てはめると それはあくまでも「個」の問題であり,つまりミクロな視点に なります。あと事前の確率と事後確率と確率は異なりますが, 社会で確率が語られるときに,そのことがあまり意識されないので, 話がこんがらがることが多いように思います。

自分のことがわかりやすいので自分の事情を書くと,わたしは とある癌にかかりましたが,わたしがかかった癌は数十万人に 一人がかかる癌だそうです。癌としては珍しい癌ですが,かかった わたし自身からすれば,珍しかろうが誰でもなりえようが, そういうのは関係ないのです。誰でもなる癌だから安心で, 珍しい癌だから怖いってことはありません。癌が怖いかどうかは, その癌の進行のスピードや再発のしやすさでしょう。また 癌はよく生存率が語られます。でも,やっぱり自分の例で 思いましたが,生存率がたとえ90%でも怖いし,逆に10%でも 助かるんじゃないか?という都合のよいことを考えるわけです。

いや,もちろん冷静に考えれば,生存率が90%と10%じゃ90%の方が 断然安心でしょう。でもそもそも非常に稀な癌にかかったということで, 稀だから大丈夫だということは信じられなくなっているわけです(苦笑)。

いや確かに100人がいたら,90人は助かるかもしれません。でも, 自分が10人のうちに入らないという保証はどこにもないわけです。 これじゃ確率で安全性を語る場合,人類全体の安全性を語ることは 出来ても個人の安全性を語ることは出来ません。また, わたしは稀な癌にかかったわけですから,その時点で,わたしに とってはその癌は稀な癌ではないわけです。自分にとっては, 病気というのはなるかならないかということで,50%だけなるというのは ないわけです。

結局BSEとか他の病気でもいいのですが,危険率をどんなに 語っても,自分がかかるかもしれないという不安は払拭されません。 こうしたらかからないという100%なことを示してくれないと, それを実践してくれないと不安な人は不安なわけです。そういう 意味では,確率は個人の心情にはあまり訴えません。社会システムを 運用する上では有効な手法なんでしょうけど。

少し話はそれますが,わたしは人間の脳には統計的に処理されていることが 結構あるんじゃないかと思っているんですが,人間が意識する上では, そのあいまいなものを無理やりどちらかに倒して表層化してくるので, そういう意味でも確率をそのままじゃ理解できないのかなぁとか 思ったりもします。

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'09 Jan. 18th


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