10年後のe.s.t.

ジャズピアノトリオe.s.t.(Esbjorn Svensson Trio)のライブアル バムが先月発売になった。2012年のアルバム301から6年ぶりだろう か。いや,今年の6月でSvenssonが亡くなって丁度10年になる。だ から,このアルバムが出たのだろう。言うまでもないが,301は 2008年にラストレコードディングとなり発売されたアルバム Leucocyteの未発表トラック集なので,実質2008年でe.s.t.の時間 は止まっている。

忘れもしない10年前,誰かからSvenssonが亡くなったという連絡 (携帯のメイルだったかもしれない)をもらい,あわてて確認した。 Svenssonはスキューバダイビングの事故での死亡だった。

そもそもe.s.t.をはじめて知ったのは2003年,鯉沼ミュージックが 企画したシナジーライブというコンサートでいくつかの 若手ピアノグループが紹介された時だ。e.s.t.は本国のスウェーデ ンでは一般チャートに上がってくるくらいの人気グループだったら しいが,日本ではジャズファンの間でも無名だった。しかしこのコ ンサートで好評を得て,その後数回日本で単独の来日コンサートを した。はっきり覚えてないが,私も2,3回コンサートを見に行った。 初めて聴いたとき,これまで聴いたことのないような斬新なジャズ ピアノトリオという形態の音楽にショックを受け,一発で夢中になっ た。

Svenssonは1960年代半ばに生まれており,現在アメリカのジャズシー ンで盛んに活動してるブラッド・メルドーやジョン・メデスキー等 とほぼ同世代になる。それまでジャズで大きな革命を起こしたパッ ト・メセニーやマイケル・ブレッカーらからすると10年ちょっと後 の世代になり,メセニー以降大きな新しい流れがなく停滞気味と思 われていたジャズシーンに,新しいスタイルを生み出した次の世代 になる。個人的には高校時代から20代くらいまで熱中したメセニー らが巨匠となっていくなか,新しいスタイルが見えてこないジャズ シーンに不安を覚えていたころに,これらの若手ミュージシャンに 出会った。

特にe.s.t.は他のアメリカ系ミュージシャンとし違い北 欧系のミュージシャン。アメリカ系だとファンク等がジャズにとり いられがちだが,ヨーロッパのe.s.t.はファンクではなくテクノや エレクトロニカ,ロック,そしてもともとあるクラシックの素養を 十分に消化した斬新かつ現在の音楽シーンにマッチしたものだった。 当時私はジャズに新しいものを見つけられず,エレクトロニカに視 野を広げたところだったのでe.s.t.のスタイルはまさにマッチした ものだった。

スタイルの斬新さだけではなく,三人のメンバーの素晴らしい技術 にも下を巻いた。従来のスタイルを超え,複雑かつ難解なリズムや フレーズを弾きこなすベースやドラムもすごいと思ったが,なによ りももともとのピアノの演奏技術がすばらしく高いSvenssonのピア ノに驚いた。斬新で前衛的な演奏をしているのに,恐ろしくピアノ の音が美しく安定しており,ピアノ自体の演奏技術が高いことをう かがわせる,難しいフレーズを弾いても安定していてトリッキーな ことをやってるように聞こえない。これは,若いころのキース・ジャ レットに通じるところがあると思った。若いころのキースは前衛的 な演奏をグループでやっていたが,それを彷彿させた。スタンダー ドとピアノソロしか演奏しなくなり作曲や表現の過激さを前面に出 さなくなったキース,それはそれで良いのだけど,若いころの新し いものを産み出していくのがみれないのは残念なところもあり,そ れをe.s.t.が引き継いでいけるような,そういう期待を勝手に持っ ていた。

それゆえ10年前にsvenssonが亡くなったという知らせを聞いたとき は,絶望的な気分になった。それから数年e.s.t.のことを考えると いつも悲しい気分になっていた。e.s.t.の音楽はいつ聴いても素晴 らしかったが,それゆえに,もうこの先の音楽は聴けないのか…と 悲しい気分になった。私より年上の世代のジャズファンがベーシス トのスコット・ラファロが亡くなった時やコルトレーンが亡くなっ た時ショックを受け,コルトレーンの時はジャズが死んだとまで言 われたらしいが,こういう気分だったのか…と何度も思った。

svenssonの死後,他のメンバーはそれなりの活動をしてるが, e.s.t.の音楽とは違う音楽になっている。それでもe.s.t.は今でも 本国でも人気があるらしく追悼ライブなどは行われているらしい。 全く知らなかったのだけど,e.s.t.のテイストを持ったジャズピア ノトリオがいくつも出てきて結構な人気になってるらしい。その中 にはe.s.t.の影響を公言してるバンドもあるらしい。いくつか聞い てみたが,確かにそういう風に感じた。ただやっぱりe.s.t.とは違 う。曲の世界観は似てるのだけど,svenssonらに感じた演奏の技術 力みたいのは感じない。耽美な演奏が多いが,耽美な演奏をしてい てもうまさを感じさせるのがキースやsvenssonだった。

まぁ,それでもe.s.t.の遺伝子がまだ続いているのは良いことだ。 今回10周忌とも言えるライブアルバムを聴いて,相変わらずの10数 年前の演奏を聴いてさびしくはなったが,ライナーにその辺の新し いミュージシャンの話が書いてあったのは少し良い気分になった。 e.s.t.の音楽はsvenssonの死で凍結されてしまったと思っていたが, そうでないのかもしれない。そこからまた未来に音楽が続きますよ うに。

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Last modified: Tue Jun 05 18:31:54 JST 2018
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