コンピュータを使っている人と話していると,人間の脳(思考)を コンピュータに,たとえて話す事がある。例えば,頭の回転が 速いことを「クロックが速い」と言ったり,短期記憶が弱いことを, 「キャッシュがすぐクリアされて…」とかいう風に。いろんな事を 同時にできる人のことを「あの人はマルチタスクだ」とか, 言ったりすることもある。
昔こういうことを話にいれて話すと,受けたり,嫌がられたりしたが, 今だと割と普通に使う場合も多い。まぁコンピュータ自体が広がって 話が伝わりやすいというのもあるが,第一にこの表現が, うまく説明しやすいから使っているのだろう。
これはつまり,コンピュータ自体が人間の思考のモデルだからだと 言える。「人間はこういう風に思考しているのだろう」という風に, コンピュータを設計しているから,逆に人間のことをコンピュータに 例えるとと説明がしやすいのであろう。
「神は人を神に似せて造った」という言葉が,聖書にはあるらしい。 この考え方は,あらゆる生き物のなかで「人間」だけ「特別」だと いう思想なので,あまり好きではない。ではあるが, この考え方はある意味,人間の特性を良く表している。 つまり人間は自分に似せたものを作りたがるのである。「だから」 神も人間を自分に似せてつくったのだろう…という思考である。
ロボットを考えたとき,昔のロボット(小説などの)は二本足だった。 本当は機械を安定して歩かせるだけだったら,二本足である必要はない。 さすがに今は二本足以外のロボットも多いが,しかしいまだに 二足歩行にこだわり開発をしている人もいる。それは人間の考え方の 癖なのかも知れない。
養老孟司氏が唯脳論の中で「人工物(人間が作ったもの)は,もともと 脳のなかにあったものだ」という風に言っている。彼によると, 都市等はすべて人工物=脳の中身だという。だとすると,やはり 人間が思考機械をつくるときも人間のなかにあるもの,つまり 「人間が考えるところの脳みそ」を実現しようとするのであろう。 いや,もしかしたら,これは西洋文化の思想で,その影響下にある, 現在技術がそうなのかも知れないが…。
しかし,人間が考える人間の思考モデルが本当の脳の姿であるとは 必ずしも言えないのではないか?。そもそも脳は小さなシナプスが 絡み合って働いていて,いわば,能力の低いチップがパラレル処理で 動いている様なものだ。今のようにCPU一発でやってしまうのとは違う。
#まぁCPUがそうだとも言えるが…(^^;)
しかしに人間は時間が1次元しか存在しない。複数の時間を同時に 認識することは不可能だ。他の部分がどう動いていても,認識の 部分(というか認識結果を取り出す部分か?)がそうだとすると, そこにしばられる。 そもそも多次元の時間というものを想像できないことが,1次元しか 認識できないことを表している。だからコンピュータを考える場合も,タスクを スケジュールする部分が必ず必要になる。 しかし本当にそういう思考法が実際の脳にあっていて, もっとも効率よいものかどうかはわからない。
ロボットも,二本足を止めて,足をタイヤにしたり,四本足にしたり, ムカデのようにたくさんにしたり,いろいろしたら,それなりに 効率が上がった。思考機械も,人間と違ったモデルを導入すると, 全く違った発展をするかも知れない。
まぁ私の本当の興味は,人間の時間感覚だったりもするんだが(^^;)…