脳の解明
最近脳の仕組みを研究することにより心を 説き明かそうという動きが盛んである。私も 知覚・人間の仕組みの扉に 書いていることの中には,心や感覚について生理学的見地を 交えて考察しているものもある。
現在の解明手法への疑問
さて,最近の脳関連の書籍等を読んで思うのが,そこで やられていることの多くは,心を脳の活動と見なし,脳細胞, つまり脳神経細胞のシナプス等の現象と,心象現象を結び付けようと するものである。「心は脳神経の動きの結果だ」と 簡単に述べたものから,「脳のこの部分に,○○を感じる部分がある」 というふうに,より具体的に脳の働きを解析しようとするものもある。 基本的にはMRIとかの発達により,より脳の動きを細かく観察が 出来るようになったことから発達しようとしている分野であろう。 もちろん,心の研究というタブーが弱まったというのもあるのだろうが。しかしその様な研究でやられているのは脳細胞の動きを直接観察する, 心象現象をリンクさせるという形である。確かに脳の働きは, すべて脳神経の(科学的・電気的)動作に集約出来るかも知れない。 だから,間違いではないと思う。しかしそれは本当に正しい,いや 効率のいい考え方なのであろうか?
コンピュータの構造
すこし話をそらす。現在コンピュータと呼ばれているものは, ほとんどMPUという処理ハードウェアの上にソフトウェアである プログラムを載せ,それにより動作している。その結果,様々な 入出力を生成する。実際は周辺ハードウェアにも機能はあるのであるが, MPUですべての処理を行っていると仮定すれば,MPUで起きている 電気の流れを解析すれば,コンピュータの動きと入出力の 関係はすべて説明することが可能である。 しかしコンピュータを解析するとき,いや解析するときはそうかも しれないが,少なくとも解析した結果からそのコンピュータについて 考察するとき,そうするだろうか?。少なくとも設計するときは そうではない。現在のコンピュータは多くの階層になっている。特に実際の 動作を決めるソフトウェアも複数の階層を持っている。 図に描くと以下のようになるだろう。
入出力 ↓↑ ┌─────┐ │ (3) │ ├─────┤ │ (2) │ ├─────┤ │ (1) │ └─────┘ということになる。 (1)の最下層にMPUがあってもそのうえにはソフトウェアが載っている。 そしてそのソフトウェアも実際はOSの様な基本ソフトの上で 動作しているものがほとんどである。OSは外部から見えるものも あるが,その機能のほとんどは,外からというより,うえに載ってる アプリケーションが使用するものだ。図でいうと(2)がOSということになる。
- (1): ハード(MPU)
- (2): Hiddenなアルゴリズム(OS)
- (3): アプリケーション(AP)
コンピュータの基本ルール,OS
コンピュータ(のアプリケーション)を設計したりする際, 現在MPUの直接の動作を指定するような書き方はほとんどしない。 アプリケーションの機能が複雑になりすぎて,直接書くことが 不可能だからだ。コンピュータのユーザが直接操作するのはアプリケーションであるが, 実際にコンピュータの機能や全体の雰囲気を,基本動作のルールを 規定するのはOSということになる。
心の中の階層構造
同じことが脳でもいえないであろうか?。つまり以下のように 対応させてみる。(1): MPU : シナプスに生じる(化学・電気)状態 (2): OS : ???? (3): AP : 心実際に心の状態をAPの入出力かとする。最近盛んな シナプスの動きの解析はMPUの動きを読んでいるのと同じである。実際にOSに相当する様な,基本ルールが脳の中にあるかどうかは 分からない。しかしあるとえると,シナプスの動きを調べることで 心の動きを調べるというより,OSのルールを解明する方が,明らかに すっきりすると思われる。
システムコール
コンピュータの場合OSに付随してシステムコールという ものがある。OSが持っている機能をプログラミングで 用いる際に使うものである。例えばファイルのアクセスなどは, 直接ファイルに対する細かい動作をプログラムで指定するのではなく, システムコールにあるファイルを動作させる関数を呼ぶのである。 そしてこのシステムコールはいろんなアプリケーションから使用される 共通の機能であり,この機能がOSの機能に大きく影響をしている。例えば人間が音を聴く場合,音程(pitch)を検出する部分がある。 音楽を感じるとき,明らかにこの部分を使うし,言葉の 抑揚を聞き取る際もここを用いる。 視覚の場合も色を検出する部分を用いて,ものの境界を検出している のかもしれない。これらの部分はいろんな刺激を感じる場合に, ベースとなる入力の解析に用いられる機能である。あたかも システムコールの様には感じないであろうか?
そう考えるとやはり脳の中にもOSの様な基本システムがあり, それを解析する必要があると思う。
これからの研究が行うべきもの
今まで生理・心理学者達はシステムコールである感覚器を研究するということは 行ってきている。そこには膨大なデータがある。しかしそこから先の 心に結び付ける部分の研究は不十分である。 一方,最近盛んな脳神経のデータから心の研究をする人は, 幾らかは感覚器の振る舞いを例には挙げるが,かなり少ない例で, 脳と心を結び付けようとする。むしろいきなりMPUの動きを 観察しているかのようである。仮にOSという概念が無い頃の技術者を現在に連れてきて, コンピュータをハッキングさせたらどうであろう?いきなり MPUの動作を直接記述する機械語を解析しようとするだろう。 しかしそれからコンピュータの動きのルールを導き出すことは かなり長い道程のような気がする。同様に脳の研究も そういう中間の部分の機能を,うまくモデル化して説明する 必要があるのではないかと思う。しかし実際はそこが何階層に なっているかも分からないし,基本的なモデルもない。 それはそれで長い道程のような気がするが,いずれ行うべき 作業であるように思う。